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2006年11月18日 (土)

奈良文化論 筒井城

昼から、奈良大学に奈良文化論を聴講に行きました。
今回は、大和郡山市教育委員会の山川 均さんの「筒井城」です。

筒井城は、吉野街道と龍田街道の交点に立地、交通の要衝を占める。
周辺には、環濠集落が多くあるが、14世紀以前は、卓越した規模の居館を有さない。
14世紀後半以降に、集落部分と居館部分が分離してくる。
筒井城には、7世紀ごろの掘立柱建物の痕跡があるが、城としては、15世紀前半に出現。
1559年、松永久秀の攻撃で1日で落城。
内堀発掘で、鉄砲玉が見つかっており、松永軍は鉄砲を使用したと思われる。
鉄砲伝来は1543年。
1580年の織田信長の大和一国破城令(郡山城以外は破却)により筒井城は破城されたが、松永軍攻撃後、間をおかず内堀が埋め戻されており、城としての命脈は落城で事実上絶たれていた。

1582年、本能寺の変
1583年、郡山城天守急造

筒井城の落城→破城は、大和における「中世的体制」の崩壊を意味し、郡山城の築城は近世の幕開けを告げるものであった。

講義後の学生への論題:「鉄砲が使用されることにより、城の構造はどう変わりましたか」

次回は、11月25日(土)松永久秀と信貴山城 河内将芳(文学部助教授)
次々回、12月 2日(土)郡山城 -織豊期の城 千田嘉博(文学部助教授)

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