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2006年12月16日 (土)

奈良文化論 城下と鉄道

奈良大学に奈良文化論を聴講に行きました。
今回は、文学部地理学科の三木理史助教授の「城下と鉄道~鉄道忌避は本当か?~」です。
岡崎市と郡山のそれぞれの周辺地図と広域地図などを基に、鉄道忌避伝説の説明を受けました。

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城下町の多くは、鉄道敷設に際し、煙で火災が起こるとか、風紀が乱れるとかの理由で、鉄道を忌避したといわれている。
JR郡山駅は、市街地から離れた場所にある。
郡山は鉄道を忌避したのか?

鉄道を忌避したといわれている町として、愛知県岡崎市、三重県伊賀市、滋賀県近江八幡市を取り上げ、いずれも、城下町が忌避したのでなく、経済合理性から、路線、駅が敷設されたことを説明。
岡崎:広域地図で見ると、鉄道は岡崎よりとなっているが、岡崎中心部に鉄道を通すとなると、鉄橋が余分に必要となる。鉄橋はコスト高。
伊賀市上野:上野に関西線を通そうとすると、鉄橋が2つ必要となり、かつ、急勾配が生じる。
近江八幡:旧城下町周辺は湿地帯で鉄道敷設困難。
次に、鉄道忌避伝説のない大阪について、大阪駅も、当時の市街地の北端につくられたと指摘。
奈良駅も、同様に、当時の市街地の端につくられている。

1880~90年代の鉄道敷設は、主要都市間を結ぶもので、蒸気機関車が長い車列を引くものであったので、なるべく直線に、勾配少なく、トンネルや鉄橋も少なく、市街地を避けて、敷設された。
1900年代以降は、地域間をつなぐ小さな電車となり、中小市街を結び、市街地も通すようになる。
1921年開通の大阪電気鉄道(現 近鉄)は、郡山城の側を通っている。

旧城下町が鉄道を忌避したのでないにもかかわらず各地に鉄道忌避伝説が生じたのは、旧城下町のプライドのなせる業である(駅が遠いことを、旧城下町側が主体的に鉄道を忌避したと、合理化)。

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鉄道忌避を主張するものは、主張するのに都合の良い地域地図を基に主張する。
広域地図や高低差のわかる地図で検証する必要がある。
川の流れが重要。

JR関西本線は、奈良を出て、郡山駅手前で曲がっている。まっすぐ進めば、当時の郡山市街及び郡山城を突っ切ることとなるが、それを避けた。
なぜ、奈良から王寺まで直線で通さなかったのだろう。
今も昔も、用地買収が大変だったのだろうな。

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