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2007年1月の29件の記事

2007年1月28日 (日)

石光寺~當麻寺 散策

近鉄駅長お奨めハイキング「石光寺の寒ボタンと中将姫伝説を訪ねて」で、二上駅から当麻寺駅まで散策しました。
石光寺、當麻寺本堂及び中之坊庭園を見学し、途中、大坂山口神社、専称寺、加守廃寺跡、加守神社、教養寺、二上山ふるさと公園、高雄寺跡、傘堂、當麻山口神社、中将姫の墓、相撲館に立寄りました。
最初の大坂山口神社で写真を撮ろうとして、デジカメに電池を入れてくるのを忘れたのに気付きました。
今回の散策は、携帯電話で、電池残量、メモリー残容量を気にしながらの写真撮影です。

二上駅でコース地図を受け取る。
二上山駅から当麻寺駅までは、近鉄てくてくまっぷ32當麻の里コースとほぼ同じ。
裏面に、コース見所の案内が付いている。
まず、大坂山口神社。

Sh530359延喜式内社。祭神は牛頭天王、八幡、春日の諸神。牛頭天王(ごずてんのう)は、もともとはインドの祇園精舎の守護神で、日本の神素盞鳴尊と習合。祇園宮寺(廃寺)があった。


二上山駅で、あみま倶楽部のコース32のスタンプを押してもらい、専称寺に向かう。

専称寺
本尊は、十一面観音菩薩立像
檜の寄木造漆箔仕上げ、鎌倉時代前期製
Sh530360境内のシダレザクラは樹齢150年
Sh530361


二上山雄岳コースと別れ、二上山ふるさと公園に向かう。
国道165号バイパスの下をくぐり、しばらく進むと、加守神社。
葛木倭文坐天羽雷命神社(かつらぎしとりにますあめのはいかずちじんじゃ)、葛木二上神社の表示もある。
近くに、加守廃寺跡、教養寺がある。
このあたり、ため池が多い。

二上山ふるさと公園の456段の急な石段を登り、展望台で昼食。

登るほど急になる石段
Sh530363展望台からの展望
Sh530362

戻りは、なだらかな遊歩道を下りる。

てくてくまっぷ32は、傘堂を見てから石光寺に向かうコースだが、本日のコースは、いったん国道に出て、先に石光寺に向かうコース。国道沿いを歩きたくないので、すぐに脇道に入り、石光寺の手前でちょっと行きつ戻りつしたが、石光寺に到着。
石光寺には、中将姫が蓮糸を染めたといわれる井戸跡と染めた糸を枝にかけて乾かしたという糸かけ桜の残骸?が保存されている。
弥勒堂の弥勒石仏などを鑑賞。
寒牡丹は終わり近かった。
ロウバイが満開、寒咲アヤメがちらほら咲いており、冬咲ニンドウが咲き始め、ミツマタの蕾が膨らみ始めていた。
境内に、釈迢空、与謝野晶子、与謝野鉄幹の歌碑がある。

染の井と糸かけ桜を保存
Sh530373寒牡丹
Sh530372釈迢空歌碑
Sh530374

牡丹のつぼみ色たち来たる染井寺
 にはもそともゝただみどりなる
     釈迢空      

ロウバイ
Sh530364冬咲きニンドウ
Sh530371Sh530370

ミツマタ 蕾膨らむ
Sh530375寒咲アヤメ
Sh530366Sh530367

高雄寺跡、傘堂、當麻山口神社、中将姫の墓を見て、當麻寺に向かう。
このあたりの道標の支えには、大津皇子を偲ぶ大伯皇女の万葉歌が記されているが、當麻寺奥の院近くに、大伯皇女の万葉歌碑があった。

傘堂
Sh530377當麻山口神社
Sh530379万葉歌碑
Sh530381

うつそみの 人なる我(われ)や 明日よりは 
 二上山(ふたかみやま)を 弟世(いもせ)と 我(わ)が見む
     大伯皇女

當麻寺は何年ぶりだろう。
中将姫ゆかりの寺。
中将姫は、16才の時に當麻寺にて尼僧となり、29才で極楽浄土へ旅立ったとされる。
旅立ったとされる5月14日午後4時から来迎練供養会式が行われる。
中将姫が感得した根本曼茶羅は、国宝(非公開)。本尊・當麻曼荼羅は、文亀二年(1502)に転写されたもので文亀曼荼羅(重要文化財)とよばれ、国宝の厨子の中に収められている。
本堂(曼荼羅堂)で、文亀曼荼羅、十一面観音像、中将姫29歳像、来迎仏を鑑賞。

本堂(天平時代 国宝)
Sh530384西塔(天平時代 国宝)
Sh530382東塔(白鳳時代 国宝)
中之坊庭園より写す
Sh530388

中之坊庭園「香藕園(こうぐうえん)」にはセンリョウが多いが、センリョウの実がすっかり鳥に食べられてしまっていた。
牡丹園には、ボタン以外にも、ミツマタ、ヤマブキなどさまざまな花木が植えられているが、今はすべて端境期なのがちょっと残念。

中之坊庭園「香藕園(こうぐうえん)」
Sh530387
Sh530390釈迢空歌碑
Sh530391

ねりくやう すぎてしずまる寺のには
 はたとせまへを かくしつゝゐし
     釈迢空

相撲館に立ち寄り、しばし休憩。
當麻寺で結構時間をとったので、家にたどり着いたときはすっかり暗くなっていた。

石光寺(染寺)住職のホームページ http://www6.ocn.ne.jp/~somedera/
當麻寺 http://www.taimadera.org/

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2007年1月27日 (土)

アグリロードうたひめ 畝作り準備

アグリロードうたひめでは、これまでは人力で畝作りを行ってきましたが、今年は、耕運機で耕すことにしました。
1月26日、農協から耕運機をオペレーター付きで借りて、畑を耕してもらいました。
ここ数年の大豆作りで、表土はすこしは畑地らしくなってきたと思っていたのですが、元田んぼだったので、耕運機で耕すと、粘土質の土が掘り出されてきます。
土壌の改良は簡単にはできません。
26日夜半は大雨。
翌日は晴。
上段から水が浸透してきて、畑はジュクジュク。
水抜きのため、耕運機では出来なかった周辺の水路を掘りました。
土壌改良用に、近くの道路沿いの落葉を集めました。
畝作り作業は次回まわし。

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2007年1月25日 (木)

花空間けいはんな さかさアジサイ

花空間けいはんなでのボランティアです。
先週、花空間けいはんなに、我々とは異なるグループの80人のボランティアが訪れ、花木園の周囲の雑木林の下木刈りをし、記念植樹としてイロハモミジを8本植樹していったそうです。
森林ボランティア活動が始めての方も大勢いたらしく、ミツバツツジ、モチツツジなど残しておいてほしい花木も刈られていました。反面、刈ってほしいササが残されたまま。刈った枝葉など放置したままです。
遊歩道から目に付く伐採枝葉を整理し、残された場所の下刈りをしました。
花木園の周囲はかなりすっきりしました。

花木園は、マンサクの蕾が膨らんでいますが、まだ花は咲いていません。

温室の中は、年中、なんらかの花が咲いています。
下向きのアジサイに似た花が咲いていました。
東アフリカ原産のアオギリ科のドムベア・ウォリッチャー(白花はドムベア・チリアケア)で、英語では、Hanging Hydrandia とも言われているそうです。
このほか、いろいろな色のエンゼルス・トランペットやシンビジウムなどが咲いていました。

アオギリ科
ドムベア・ウォリッチャー
Pict5517w800
Pict5514w800ドムベア・チリアケア
Pict5518w800

ナス科
エンゼルス・トランペット
Pict5520w800
Pict5522w800
Pict5523w800

シンビジウム
Pict5524w800左前の2鉢には、「愛子さま」と名札がついていました。

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2007年1月22日 (月)

奈良検定 レビュー

1月14日、第1回奈良まほろばソムリエ検定2級の試験が行われました。
15日付朝日新聞奈良版によると、奈良検定受験者は約3,500名だそうです。

奈良に住みながら奈良について殆んど知らず、定年退職後、大和路を散策しているが、まだまだ行ったことのないところも多い。
これを機に、奈良をもっとよく知ろうと受験しました。
4択選択方式なので、正解が判らなくても、正答することができます。
記述式であれば、同じ設問でも回答できなかったかも知れません。
奈良をより良く知るため、回答に迷った問題、正解は判ったが他の選択肢を知らなかったものなどを中心に、レビューします。
また、設問に関連する散策記事などをリンクします。

以下、問題は必ずしも出題どおりの文言ではない。
( )内は正答。
間違っていれば、指摘ください。

                       更新日
奈良検定1 地理、動植物     1月22日 リンク先追加
奈良検定2 歴史           1月20日
奈良検定3 遺跡や古墳       1月26日
奈良検定4 寺社           1月20日
奈良検定5 建築、彫刻、絵画   1月22日
奈良検定6 文学           1月27日
奈良検定7 伝統工芸、特産品   1月22日
奈良検定8 祭り・行事        1月22日
奈良検定9 世界遺産、観光・文化 1月22日

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2007年1月21日 (日)

サンフォレスタの森 シイタケほだ木作り

久しぶりにサンフォレスターの森に行きました。
午前中は、クヌギの植え付けです。
数年前に苗を植えたクヌギ畑のクヌギを間引きし、間引きしたクヌギを森の中に植えました。
Pict5505w800


昼からは、シイタケのほだ木作りです。
クヌギの木を数本伐採し、幹を1m長で切断。
春先にシイタケ菌を植え付けます。
Pict5509w800


森の各所に置かれたシイタケ畑のシイタケを収穫しました。

枯れ枝に、スズメバチの大きな巣がありました。
入口が、鳥に突かれたのでしょうか、壊れています。
採取し、小屋に飾りました。
Pict5507w800
Pict5508w800


モリアオガエルの池の畔では、ミツマタの蕾が膨らんできています。
Pict5513w800ピントあわせが難しい
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昨年4月 ミツマタの花 サンフォレスタの森 

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2007年1月20日 (土)

飛鳥川沿い おふさ観音

1月9日、甘樫丘での炭焼窯着工の見学の後、まだ早かったので、飛鳥川沿いに八木西口まで散策しました。

川沿いにシロバナタンポポが咲いていました。

飛鳥川
Pict5440w800シロバナタンポポ
Pict5439w800


土手の桜並木(たぶんソメイヨシノ)は、まだ芽吹いていませんが、ビワが咲いています。

川沿いの遊歩道
Pict5443w800ビワの花
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おふさ観音は、飛鳥川からちょっと北に入ったところです。
境内には、バラとハーブがたくさん植えられています。

おふさ観音
Pict5457w800境内各所にバラの苗
Pict5456w800早咲きのバラ
Pict5455w800

おふさ観音 庭園
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Pict5452w800
Pict5451w800

再び飛鳥川に戻り、川沿いに進みます。
ウメが咲いていました。

Pict5464w800
Pict5465w800


近鉄電車との交差で、散策を打ち切り、八木西口駅から帰りました。

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2007年1月18日 (木)

飛鳥里山クラブ 風土地理講座

飛鳥里山クラブ講座16回目、公園館での講座です。
午前中は、国営飛鳥歴史公園事務所長の「飛鳥地方と国営飛鳥歴史公園」です。
国営飛鳥歴史公園誕生の背景などの説明がありました。
午後は、奈良県教育委員会文化財課の浦西勉さんの「飛鳥の民俗」です。
古記録に基づいて1880年ごろの稲渕村落の説明がありました。
当時、稲渕は、68戸306名だったそうです。
現在は、65戸230名。過疎化が進んでいます。
1900年ごろ、及び、1950年ごろを境に、社会は大きく変化しましたが、飛鳥川沿いの稲渕、栢森、入谷、畑の村落が、共同で水を管理し、ツナカケ行事は維持されています。

講座はよくは理解できず、誤解しているかもしれないが、飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社が、江戸時代は、宇佐八幡宮だったこと、妙楽寺(談山神社の前身)の影響下にあったらしいなど、背景を知ると、また新たなものが見えてくる。
次回、飛鳥川上流を歩くときは、古い祠や棚田水路の取水口などにも目を向けることにしよう。
明日香から芋峠、上市へ 2005/5

昼の休憩時間に、公園内の中尾山に奈良検定試験問33に出題の中尾山古墳を改めて観にいきました。
中尾山の頂上近く、鎖で囲ってあるところが古墳です。

中尾山古墳
Pict5484w800
Pict5482w800
Pict5483w800

後ろに周ってみると、
古い説明板
Pict5486w800Pict5479w800石槨?
Pict5485w800

公園館の裏では、高松塚古墳壁画仮設修理施設が急ピッチで建設中です。
万葉水棲植物を植えてある池は残されるようです。

Pict5493w800
Pict5494w800


4時過ぎから、新年会ですが、講座が早く終わったので、甘樫丘の炭焼窯を見に行くことにしました。
途中、甘樫丘東山麓の遺跡発掘現場に寄りました。
蘇我入鹿の屋敷との関連が云々されている遺跡です。

遺跡発掘現場
Pict5496w800ここは立ち入り禁止だよ
Pict5497w800見学は柵外から
Pict5500w800

炭焼窯工事現場は、窯に屋根をつけたり、側に炭焼小屋を建てるのでしょうか、基礎工事がなされていました。

Pict5502w800
Pict5501w800_1cf 1月9日着工時
Pict5415w800

橿原神宮前駅まで歩き、駅前の幹事知り合いのホテルで新年会。


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2007年1月17日 (水)

奈良検定1 地理、動植物

15日付朝日新聞奈良版によると、奈良検定受験者は約3,500名。
奈良在住3年の記者の試験挑戦記が載っているが、自己採点で57点とはだらしない。
できなかった受験者の読者を慰めるための記事かな。

奈良に住みながら奈良について殆んど知らず、定年退職後、大和路を散策しているが、まだまだ行ったことのないところも多い。
これを機に奈良をもっとよく知ろうと受験したのだから、回答に迷った問題を中心に、レビューしておく。
以下、問題は必ずしも出題どおりの文言ではない。
( )内は正答。
間違っていれば、指摘ください。

・奈良県の地理、動植物
問1 奈良県最高峰(八経ヶ岳 1915m)
他の選択肢の標高:山上ヶ岳1719mには、大峯山寺がある。日出ヶ岳1695mは大台ケ原。高見山は1249m。
問2 いわゆる「中央構造線」に沿って流れる川(吉野川)
問3 奈良盆地の北端、京都府との境に横たわる丘陵(奈良山丘陵)
最寄のJR駅が平城山なので、平城山丘陵だと思っていたが、選択肢は奈良山丘陵となっている。
奈良県のホームページでは、平城山丘陵。
奈良県ホームページ 奈良県の自然http://www.pref.nara.jp/pro/shizen.htm
問4 露出した黒褐色の角閃ハンレイ岩が谷筋を埋める、鍋倉渓があるのはどこか(神野山)。
鍋倉渓にはまだ行ったことがない。
神野山(こうのさん)も、つい最近まで正しい読みを知らなかった。
問5 大和三山で一番西に位置する山(畝傍山)
問6 春先にスズランに似た花を咲かせ、奈良公園でよく見かける鹿の嫌うという樹木(アセビ)
アセビは有毒のため鹿は食べない。
ナギ、ナンキンハゼも、鹿は食べないので、これら植物が奈良公園で増えすぎている。
問7 月ヶ瀬、巨勢、賀名生、広橋で、奈良県の3大梅林でないところ(巨勢)
3大梅林は、月ヶ瀬、賀名生、広橋。
巨勢は、椿で有名。
巨勢の道 散策 2006/3
→KOTOコレ2006 > 賀名生(あのう)梅林、梅の里! http://micho.exblog.jp/4320560/
問8 山頂付近の見事なツツジ群落で知られる山(葛城山)
問9 曽爾高原の山肌一面を覆うことで知られる植物(ススキ)
葛城のツツジ、曽爾高原のススキは写真で見るだけ。
シーズンは混雑するし、他にも行きたいところがあるので、まだ観にいけないでいる。
→KOTOコレ2005 > 曽爾高原、ススキの海 http://micho.exblog.jp/3702182/
→KOTOコレ2005 > 葛城高原、一目百万本のツツジ http://micho.exblog.jp/2748000/
問10 室生寺境内にある国の天然記念物(暖地性シダ群落)
室生寺はシャクナゲで有名だが、シャクナゲは天然記念物ではない。
奈良検定公式テキストブックで、奈良県下の国の天然記念物を読むまで、室生寺に行っても、暖地性シダ植物に関心は無かった。
問11 花の名所として知られている所で、組み合わせが誤っているのはどれか。
ア サクラ=郡山城跡、イ ボタン=長谷寺
ウ モモ=般若寺、エ アジサイ=矢田寺
郡山城跡には、一昨年4月に花見に、金剛山寺(矢田寺)には昨年アジサイの時季に観にいってきた。
長谷寺には、10年ほど前に、ボタンの季節に車で行き、大渋滞にあった記憶がある。一昨年10月には初瀬路散策で寄った。
般若寺は、数年前に、コスモスの時季に観にいったが、期待が大きすぎたためか、期待はずれだった。
モモの木があったかどうかは覚えていないが、般若寺は、年間通じての花の寺を目指しているから、モモの木もあるのかもしれず、何年か先には、この設問には正答なしとなるかもしれない。
→KOTOコレ2005 > 郡山城と満開の桜 http://micho.exblog.jp/2466612/
→KOTOコレ2006 > 長谷寺、ボタンの海 http://micho.exblog.jp/4634071/
→KOTOコレ2006 > 矢田寺、雨で熟した紫陽花 http://micho.exblog.jp/5117341/
公式テキストブックでは、奈良県下の桃の名所として、山の辺の道と香具山東山麓の万葉の森を掲げている。
山の辺の道は何度も歩いているが、桃畑はどの辺りにあるのだろう、桃の花咲く山の辺の道はまだ歩いていない。

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奈良検定2 歴史

・奈良県の歴史
問12は聖徳太子についての誤り指摘(父は舒明天皇ではない)。
聖徳太子(厩戸王)の父は用明天皇。叔母推古天皇の摂政として、十七条の憲法、冠位十二階を定めたとされるが、聖徳太子が十七条の憲法を定めたなどは後世の創作との説もある。
問13 二上山に葬られたとされる人物(大津皇子)。
大伯皇女(大来皇女)の大津皇子をしのぶ歌で有名。
飛鳥里山クラブ 飛鳥の風景を知る 2006/9
問14~17 元正天皇と聖武天皇の血縁関係(伯母と甥)、孝謙天皇の重祚名(称徳天皇)、聖武天皇后の父(藤原不比等)、729年謀反の疑いをかけられ自殺(長屋王)の奈良時代の設問については、永井路子「美貌の女帝」、杉本苑子「穢土荘厳」や黒岩 重吾「弓削道鏡」など歴史小説を読んだのが役立った。
問18は設問として疑問。
問18 平安時代に即位した天皇の中で、奈良県内に陵墓が治定されているのは誰か。
ア 桓武天皇、イ 平城天皇、ウ 嵯峨天皇、エ 宇多天皇
平城天皇陵とされているものが平城京跡の北側にあるが、この古墳(市庭古墳)は、平城京の建設に際し、一部破壊されているのだから、平城京後の天皇の陵墓にはなりえない。
宮内庁が市庭古墳をいまだに平城天皇陵と治定しているのが問題。
奈良検定公式テキストブックには、平城天皇陵は陵墓・古墳としては触れられておらず、意図的に除いたと思っていたのだが。
(42ページ「平城天皇と薬子の変」の項で、「治定に疑問も持たれている」として触れられているとの指摘を受けました。)
佐紀路散策 2006/2
問19後醍醐天皇が京都を脱出して吉野山に入る前に一時留まったとされる史跡(賀名生皇居跡)は、私は訪ねたことがないが、賀名生梅林を散策した仲間から、梅林の近くに皇居跡があるとの話を聞き、記憶に留まっていた。
なら歩楽歩楽会散策記録 18/3賀名生梅林
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kabuto372/180315anou.html

問20織田氏松山藩の初代藩主は、信長の次男信雄と覚えていたが、問22江戸中期の柳沢氏郡山藩の初代藩主は、保申なのか吉里なのか迷った。吉里が初代で、保申(やすのぶ)は最後の藩主。
柳生藩については出題されなかったが、柳生藩初代藩主は誰かと出題されれば、迷っただろう。宗厳は柳生新陰流の創始者、宗矩(むねのり)が初代、三厳(みつよし)が2代目だそうだ。
問21は、「大和の金は**に七分」といわれるほど繁盛した町(今井)
問23 天誅組が挙兵し襲った代官所(五條)は、一昨年散策してきた
問24は明治以降の奈良県の成立過程についての誤り指摘(大和県と呼ばれた時期は無い)。
明治維新で、幕府直轄領が、奈良県となり、明治3年五條県が新設、明治4年の廃藩置県で13あった藩がそれぞれ県となる。同年それらが統合され奈良県となるが、明治9年堺県に統合、更に明治14年堺県は大阪府に統合される。明治20年に、大阪府から分離、奈良県が再設置される。

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奈良検定3 遺跡や古墳

・奈良県の遺跡や古墳
奈良検定公式テキストブックには、古墳の記述が多い。到底覚えきれない。
小さな古墳が記載されている反面、平城天皇陵、文武天皇陵に治定されている古墳など、より重要だと思われるのに載っていない古墳がある。
古墳のリストとしては不十分だし、どういう基準で選択されたのだろうと疑問を感じる。

問25 出土した土器片の絵画に基づいて古代の楼閣が復元されている弥生時代の遺跡(唐古・鍵遺跡)は、国道24号線沿いにある。昨秋、免許更新で自動車免許試験場に行ったときに24号線を通ったが、気がつかなかった。
問26 次の古墳の中で、最も古いとされるものはどれか。
ア 纏向石塚古墳、イ マルコ山古墳、ウ 屋敷山古墳、エ 高松塚古墳
奈良盆地東南部の古墳は、前期と後期、北部は前期~中期、西南部は中期の古墳が多い。
纏向古墳群は前期古墳(3世紀前半~4世紀はじめ)。
先日、纏向石塚古墳は訪ねなかったが、巻向駅起点で山の辺の道を散策した
屋敷山古墳は、葛城市新庄にある5世紀ごろの前方後円墳。
マルコ山古墳、高松塚古墳など内装に凝った小型古墳は、天皇家支配がほぼ固まった7世紀末以降。大化の改新(645年)直後に大化薄葬令が出され、古墳は小型化し、有力豪族は内装に凝るようになる。
問27 巣山古墳を含む古墳群(馬見古墳群)
このあたりは、まだ散策したことがない。
問28 磐之媛命陵といわれる陵墓の所在(奈良市)
濠にカワセミが棲みついており、よくカメラマンを見かけるが、私はここではカワセミを見る機会にまだ恵まれていない。
探鳥会 2005/10
佐紀路散策 2006/2
問29 黒塚古墳から出土した三角縁神獣鏡の数(33面)。
出土されたとき、かなり話題になったし、33は覚えやすい数字。
問30 江戸時代に崇峻陵ともされた大型古墳(天王山古墳)
冷遇された大王だが、陵も転々とされていたのか。
昨年、崇峻陵と治定されている古墳を見てきた。
外鎌山~聖林寺散策 2006/1
問31 欽明陵近くの吉備姫王墓に置かれた4体の石像(猿石)
江戸時代に、欽明陵とされている古墳の南側の水田から掘り出された石像。
飛鳥里山クラブ講義 2006/5 写真なし
問32 石舞台古墳は誰の墓の可能性が高いといわれているか(蘇我馬子)。
微妙な表現の設問。ようするに誰の墓かは解明されていない。
飛鳥里山クラブ 史跡探訪 2006/6
問33 明日香村にある中尾山古墳の平面の形(八角形)
八角は、高貴な形とされ、皇族の古墳にのみ使用されるといわれている。
公式テキストブックでは、「文武天皇の檜隈安古陵の可能性がいわれる」と記されており、文武陵にも異説があるのを始めて知った。
明治政府の御陵裁定には、かなりいい加減なところがあったようだ。
中尾山は、国営飛鳥歴史公園内にあり、何回か登ったことがあるが、改めて中尾山古墳を観にいってきた
問34 次の記述のうち、誤っているものはどれか。
ア 藤ノ木古墳には2体分の人骨があった。
イ マルコ山古墳の石槨内には漆喰が塗ってあった。
ウ 岩屋山古墳には精巧な切石積石室がある。
エ 高松塚古墳では鮮やかな朱雀の壁画が見つかった。
高松塚古墳は南側から盗掘されており、朱雀はなくなっていた。
奈良文化財研究所飛鳥資料館ホームページ http://www.asukanet.gr.jp/ > ASUKA HISTORICAL MUSEUM > 高松塚古墳
岩屋山古墳は、飛鳥駅の西側にある方墳。飛鳥には頻繁に行くが、飛鳥駅の西側の散策はまだ。飛鳥に行くたびに、飛鳥駅西側にも寄ろうと思っているのだが。
問35 忍性が難病患者救済のために設けたことに始まる施設(北山十八間戸)
たぶん近くは通っている。先日、観にいこうかと思ったが、後回しにしたままになっているところ
問36~40は、平城京跡についての穴埋め問題。
(元明天皇)が(和銅3年(710))に藤原京から遷した平城京は、聖武天皇による(恭仁京)等への一時的な遷都はあったが、桓武天皇が長岡京へ遷都する(延暦3年(784))まで日本の都であった。平城京の周りを取り巻く築地大垣の南正面には(朱雀門)がそびえていた。

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奈良検定4 寺社

・奈良県の寺社
問41~46は、東大寺にかかる穴埋め問題。
(聖武天皇)が天平15年(743)に発した廬舎那大仏造顕の詔を受けて造立された東大寺の大仏は、天平勝宝4年(752)に開眼。民衆の力を集め、その事業に大きく貢献したのが、(行基)である。平安時代末、(平重衡)による南都焼討ちで多くの伽藍を焼失したが、(重源)の活躍で再興。永禄10年(1567)、三好・松永の戦乱で大仏殿はまたも炎上し、現在の大仏殿は江戸時代に(公慶)によって再建された。二度の兵火を免れた(法華堂)は、天平建築に鎌倉時代の増補が見事に融合した名建築として知られる。
法華堂は、先日、観てきました
問47 熊凝精舎、百済大寺、大官大寺、豊浦寺のうち、大安寺の前身でない名前(豊浦寺)。
熊凝精舎→百済大寺→大官大寺→大安寺と変遷。
なお、熊凝精舎の跡に額安寺があり、額安寺では、熊凝精舎の後身としている。
問48 飛鳥寺が創建された時の天皇(推古天皇)。
飛鳥寺創建は、推古天皇4年。
問49 聖徳太子生誕の地といわれ、境内に二面石がある寺院(橘寺)。
問50 薬師寺の移転前の藤原京に残った寺院(本薬師寺)。
問51 唐招提寺の建てられた地は誰の邸宅跡か(新田部親王)。
問52 長弓寺、岡寺、長谷寺、壷阪寺のうち、西国三十三ヶ所の札所でない寺院は(長弓寺)。
龍蓋寺(岡寺)7番、長谷寺8番、南法華寺(壷阪寺)6番。
問53 宝山寺の「生駒の聖天さん」(歓喜天)は間違った。
仏像については、如来、菩薩、明王、天の区分があることは知っているが、それぞれにどのような仏像があるのか、よくは知らない。遅ればせながら、仏像の入門書を読んでみた。
は、インドのバラモン教、ヒンドゥ教の神々を仏教に取り込んで護法神・守護神としたもので、種類は雑多。
梵天は釈尊の守護者で、ふつう釈尊の右に立つ。
帝釈天は、軍神で、釈尊の左。
四天王が4方を護る。
東:持国天、南:増長天、西:広目天、北:多聞天
多聞天が独尊で信仰される場合、毘沙門天と呼ぶ。
金剛力士は阿吽の二王。
吉祥天は、鬼子母神の娘で、毘沙門天の妃となる。
弁才天は、川の神で、梵天の妻ともいわれる。
大黒天は、ヒンドゥ教の、最高神シヴァと同体。
歓喜天は、シヴァの子供で、伎芸天韋駄天の兄。像は、ふつう象頭、男女2神が抱擁する形。相手は十一面観音の化身といわれている。
この他に、八部衆十二神将がいる。
(浅井和春監修「仏像の世界」による)
問54 宇陀川を隔てた対岸に弥勒磨崖仏がある寺院(大野寺)。
問55 現在再建計画中の興福寺の建物(中金堂)。
問56 春日大社の本殿は春日造と呼ばれるが、何棟か(4棟)。
春日造本殿は1棟1柱。春日大社の本殿は、拝殿に遮られて見えないが、4柱祀っているのだからたぶん4棟。
ほぼ20年毎の本殿建替えで生じる旧本殿を傘下の神社に譲渡しているので、奈良には春日造の神社が多い。現存する最古の春日造本殿は、円成寺春日堂と白山堂(1228年移築)。
→鏡神社の春日移し本殿 新薬師寺近辺 鏡神社、比賣神社
問57 雄略天皇がともに狩を楽しんだと伝えられる神を祀る神社(一言主神社)。
春日大社にその出張所があった。
東大寺~春日大社 2007/1
問58 漢国神社境内にある林神社の祭神に関係あるもの(饅頭)。
高天交差点のすぐ近くにある。饅頭塚がある。
奈良市内 散策 2006/12
問59 10月祭礼日に獅子舞が奉納される、オハツキイチョウでも有名な神社(門僕神社)。
寂れた神社。境内で出会った地元の老人が、若者が減り祭りの維持が困難になってきている、参加しやすいように祭礼日を連休の初日に変更した、などと語ってくれたことが印象に残る。
済浄坊渓谷~龍穴神社 散策 2006/7

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奈良検定5 建築、彫刻、絵画

・奈良県の建築、彫刻、絵画
問60 飛鳥寺の本尊で飛鳥大仏と呼ばれている仏像(銅造釈迦如来坐像)
飛鳥寺の本尊、銅造釈迦如来像は、止利仏師作の日本最古の丈六仏。
飛鳥時代は金銅像、奈良時代は塑像・乾漆像が多い。
問61 東大寺戒壇院の四天王像は、持国天、広目天、多聞天と(増長天)。
四天王の名前は分かるが、像の方位、持ち物が覚えられない。
戒壇院の四天王像は、東:持国天は刀、南:増長天は戟、西:広目天は巻子と筆、北:多聞天は塔と宝棒を持つ。
問62 東大寺法華堂の本尊の背後に安置されている秘像(執金剛神立像)
12月16日の良弁忌に、開山堂の良弁僧正坐像とともに、開帳される。
東大寺ホームページ http://www.todaiji.or.jp/ > 秘仏開扉・特別開扉の案内 > 法華堂執金剛神立像 http://www.todaiji.or.jp/index/haikan2001/1216/kongo.htm
KOTOコレ2006 東大寺、一日限りのご開帳
http://micho.exblog.jp/6202444/

問63 聖林寺にまつられている国宝の仏像(十一面観音)
十一面無かった。 →外鎌山~聖林寺散策 2006/1 
なお、十一面観音像の頭上の小さな面の配置はさまざまであり、その数も、11のものもあれば、10面で本面と併せて11というものもある。千手観音は、唐招提寺の千手観音など1000本の手を持つものもあるが、普通は42本(浅井和春監修「仏像の世界」による)。
問64 円成寺の国宝大日如来坐像の制作者(運慶)
迷いに迷った末、快慶と間違ってしまった。
問65 平城京の東朝集殿を移築改造した建物(唐招提寺講堂)。
問66 薬師寺東塔、興福寺三重塔、法輪寺三重塔、當麻寺西塔のうち、国宝でないのは(法輪寺三重塔)。
法輪寺三重塔は、昭和19年に落雷で焼失。昭和50年再建。
最近の再建なので、欧米諸国の「木の文化」に対する無理解からか、世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」にも含まれていない。
問67 僧 命運に関する奇跡物語を描いた平安時代末制作の絵画(信貴山縁起絵巻)
問68 唐招提寺御影堂の壁壁画を描いた画家(東山魁夷)

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奈良検定6 文学

・奈良県に関する文学
問69 「大和は国のまほろば」といわれるが、その出典はどれか。
ア 太安万侶の書いた古事記の序文
イ 古事記に記された倭建命の歌
ウ 日本書紀に記された聖徳太子の語
エ 万葉集に収められた舒明天皇の歌

大和は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 大和しうるはし

西征、東征と大和を遠ざけられていた倭建命が、大和に戻る途中、死を前にして能褒野(のぼの)で故郷を偲んで歌った歌。
黒岩 重吾「白鳥の王子 ヤマトタケル」が、ヤマトタケルを活き活きと描いている。
古事記によると、倭建命は、12代景行天皇の子で、14代仲哀天皇の父。

古代史の扉 http://www.asukanet.gr.jp/tobira/ >
ヤマトタケル http://www.asukanet.gr.jp/tobira/yamatotakeru/yamatotakeru.htm
(このページは、近日中に移転・全面改定予定 と予告してある)

古事記、日本書紀は、読んでいないが、坂本勝監修「地図とあらすじで読む 古事記と日本書紀」を重宝している。
舒明天皇の万葉集2首目の歌は、歌碑が、天の香具山の中腹にある。

香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌
大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば
国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国そ あきづ島 大和の国は

大和三山ハイキング 2005/10 

問70 仏足を礼賛する歌等を刻んだ仏足跡歌碑のある寺院(薬師寺)
仏足跡歌碑がどのような内容でどこにあるか知らなかったが、選択肢(薬師寺、當麻寺、興福寺、東大寺)から、東大寺、興福寺では仏足跡歌碑を聞いたことが無く、中将姫関連の當麻寺でもなさそうなので、消去法と山勘で、正答できた。
今度、薬師寺に行ったときには、観ることにしよう。

問71 万葉集は約何首か(約4500首)。最後の歌番号は4516。

問72 「東の 野にかぎろいの 立つ見えて・・・」と柿本人麻呂が詠んだ場所(阿騎野)
→宇陀市ホームページ 四季めぐり 冬 http://www.city.uda.nara.jp/04/winter.html
→KOTOコレ 2005/12 かぎろひを観る会に参加!http://micho.exblog.jp/3921194/

他の選択肢 
宇智野 は、五條市、JR北宇智駅西方の高原地帯から吉野川畔まで広がる金剛山のすそ野で、古代の狩猟地。
舒明天皇が遊猟を楽しんでいるさまに思いを馳せて、中皇命(なかつすめらみこと)が詠った歌がある。
たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝踏ますらむ その草深野

飛火野 は、奈良公園内。古代、狼煙台があったとの説があるようだ。
飛鳥野 は、あまり聞かない。飛鳥の野かな。

問73 「いにしえの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな」の作者(伊勢大輔)
百人一首のお姫様。
選択肢 エ 藤原定家 は、鎌倉時代の歌人で、百人一首の原型の選者。
百人一首オンライン解説 http://www.yk-site.com/ > 
伊勢大輔の句 http://www.yk-site.com/61.html

この歌で歌われているナラノヤエザクラは、ほかの八重桜より開花が遅く、4月下旬から5月上旬、県庁隣の駐車場にあるとのことなので、花の季節に、見に行くことにしよう。
東大寺知足院の裏山のナラノヤエザクラは、国の天然記念物に指定されている。
奈良インターネット放送「大和路見聞録」 http://www.netz.co.jp/kenbun/index.html > 
奈良の八重桜 http://www.netz.co.jp/kenbun/tokusyuu/naranoyaezakura.html

問74 「源氏物語」22帖で、初瀬詣する女性(玉鬘)
長谷寺に玉鬘ゆかりの杉、イチョウがある。
初瀬路ハイキング 2005/10

問75 「南京新唱」、「鹿鳴集」の歌人(会津八一)。
大和路散策すると、ときどき歌碑を見かける。
近くの秋篠寺には「あきしのの みてらをいでて かへりみる いこまがだけに ひはおちむとす」の歌碑がある。
わがままSURUMEの部屋 http://www.geocities.jp/surume81_1/ > 
会津八一の歌http://www.geocities.jp/surume81_1/hitorigoto/81/81top.html

他の選択肢
吉野秀雄 は、会津八一に師事した歌人、作品に「鹿鳴集歌解」がある。
堀辰雄は、信州に縁の深い作家だが、奈良に魅かれ、古代の奈良を舞台にした作品を書こうと奈良をよく訪れていた。奈良関連の著作に、「浄瑠璃寺の春」、「大和路、信濃路」がある。
青空文庫 堀辰雄 http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1030.html
折口信夫(しのぶ)は、民俗学、国文学の研究者。釈迢空(しゃく ちょうくう)と号して詩歌もよくした。中将姫をモデルとした作品「死者の書」がある。
青空文庫 折口信夫 http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person933.html
著作権切れの作品は、青空文庫で読めるのだが、ディスプレー表示は目が疲れる。
やはり図書館で借りることにしよう。

問76 第1回正倉院展に出展された器物「漆胡樽」をタイトルとする小説の作者(井上靖)。
選択肢 エ 五木 寛之 は、1981年、京都の龍谷大学の聴講生となり、仏教史を学ぶ。
2004年 仏教伝道文化賞を受賞。
作品として、「青年は荒野をめざす」、「青春の門」、「風の王国」、「百寺巡礼」などがある。

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奈良検定7 伝統工芸、特産品

・奈良県の伝統工芸、特産品
問77 南都出身で侘び茶の方式を創始し「茶礼祖」と仰がれているのは誰か。
ア 武野紹鴎、イ 村田珠光、ウ 今井宗久、エ 山上宗二
茶の嗜みは無いが、公式テキストブックに載っている奈良市内の寺院を回ったとき、称名寺で珠光忌で茶が振舞われるのを知った。そのときは、なぜこのような寺が奈良検定のテキストブックに載るのか分からなかったが、この出題を見て、称名寺は、茶の世界では有名な寺なのだと理解できた。
奈良市内 散策 2006/12
茶の歴史をWebで調べてみると、村田珠光を租とし、武野紹鴎が珠光の茶の湯を深化させ、今井宗久→千利休→山上宗二と連なる。
問78 茶筅作りで知られる高山町は名市か(生駒市)。
問79奈良墨の起源、問80赤膚焼については間違った。
問79 奈良墨は、興福寺の二諦坊で始まったとされるが、その時期はいつか。
ア 奈良時代、イ 平安時代、ウ 鎌倉時代、エ 室町時代
墨は、奈良時代から使用されているが、空海が、墨の技術を持ち帰ったと読んだ記憶から、平安時代と回答。しかし、奈良検定公式テキストブックによると、興福寺の二諦坊での油煙墨を起源とするのは、室町時代としている。
問80 江戸時代後期に、赤膚焼の名を高めた陶工は誰か。
ア 奥田木白、イ 森川杜園、ウ 吉田立斎、エ 富本憲吉
知らない名前ばかり。
正解はア。
森川杜園は奈良人形作家、吉田立斎は漆芸家、富本憲吉は陶芸家。
問81 江戸時代に「南都随一」の物産といわれ、奈良の名産として有名だったもの(晒)。
問82 「陀羅尼助」とは(薬)。
問83 吉野葛の原料は葛の何(根)。
問84 室町時代に正暦寺で造られ広く有名になったもの(清酒)。

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奈良検定8 祭り・行事

・奈良県の祭り・行事
問85東大寺二月堂の修二会、問86薬師寺の修二会については、間違った。
問85 東大寺二月堂の修二会はある仏に罪過を懺悔し、その功徳により除災招福を祈る行事だが、その仏はどれか。
ア 廬舎那仏、イ 釈迦如来、ウ 薬師如来、エ 十一面観音
二月堂の本尊が本尊十一面観音で、二月堂の修二会を、「十一面悔過」というのを知らなかった。
問86 薬師寺でも3月30日から4月5日まで修二会が行われるが、その通称はどれか。
ア おたいまつ、イ ほうらんや、ウ だだおし、エ 花会式
新薬師寺と混同してしまった。
おたいまつ は、新薬師寺の修二会、4月8日。
ほうらんや は、盆の行事のようだ。
だだおし は、長谷寺の修二会、2月14日。
問87 飛鳥坐神社のおんだ祭で、農作業の所作の後に登場するのはどれか。
ア カエル、イ 尉と姥、 ウ 須佐之男命、エ 天狗とお多福
2月第1日曜日飛鳥坐神社のおんだ祭は、豊作を祈念する祭なので、天狗とお多福が登場。
カエルが登場する奈良の祭は、7月7日金峯山寺蓮華会。
尉と姥、須佐之男命の登場する奈良の祭は、Web検索したが、分からなかった。
問88 西大寺の大茶盛の名称の由来(大きな茶碗で茶を点てて飲む)。
衛生上、問題が無いのかな。
問89 當麻寺の練供養会式は誰の極楽への往生の再現(中将姫)。
問90 唐招提寺の「うちわまき」で撒かれるうちわの形(ハート形)。
問91 率川神社の三枝祭で飾られる花(ユリ)。
先月行った、神社は工事中だった。
奈良市内 散策 2006/12
問92 春日大社の万灯籠の際に火を入れる境内の石灯籠、釣灯籠はおよそいくつか(約3000基)。
数えたことが無いが、春日神社には、いつ誰が寄進したものかが分かる資産台帳があるのだろうか。

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奈良検定9 世界遺産、観光・文化

・奈良県の世界遺産、観光・文化
問93、94は、法隆寺を含む世界遺産の登録時期及び指定名(平成5年、法隆寺地域の仏教建造物)。
問95 世界遺産「古都奈良の文化財」に含まれている寺院(元興寺)。
問96 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の大峯奥駈道を開いたとされる人物(役行者)。
問97 平成18年末現在、世界遺産は日本全国で何件か(13件)。
選択肢の中で最も多い21件と回答、これぐらいはあるだろうと思ったが、まだ13件だった。
ユネスコ 世界遺産活動 http://www.unesco.jp/contents/isan/index.html
世界遺産スクエア http://i-debut.org/heritage/world_index.htm
問98 「奈良県立万葉文化館」の所在地(明日香村)
一昨年11月のナント萬葉チャリティウォークで万葉文化館を見学してきた。万葉文化館は、飛鳥池遺跡の保存を兼ねて建設、平成13年開館。
奈良県立万葉文化館のホームページ http://www.manyo.jp/index.html
問99 次の都市の中で、奈良市と姉妹都市でないのはどれか。
ア 洛陽、イ 慶州、ウ キャンベラ、エ トレド
奈良市民だけれど、奈良市の姉妹都市を知らなかった。
奈良市の姉妹都市は、韓国 慶州(S45提携)、スペイン トレド(S47)、中国 西安(S49)、フランス ベルサイユ(S61)、オーストラリア キャンベラ(H5)。
奈良市ホームページ > 友好都市
問100 平成18年、奈良文化財研究所飛鳥資料館で実物が展示されたキトラ古墳の壁画(白虎)。
キトラ古墳は、昨年5月に飛鳥里山クラブで訪れたし、飛鳥資料館の展示も2回も観にいったが、写真で、玄武、朱雀、白虎、青龍とも何度も見ているので、記憶があいまいとなり、はて実物を見たのは何だっけ、と戸惑った。
ようやく、当時の反対向きの白虎の新聞写真を思い出し、正答できた。

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2007年1月14日 (日)

奈良まほろば検定

奈良まほろばソムリエ検定を受けました。
4択100問。
奈良県の地理、歴史、遺跡・古墳、寺社、建築・彫刻・絵画、文学、伝統工芸・特産品、祭り・伝統行事、世界遺産と、幅広い範囲の出題でした。

間違った問題(番号は、出題番号)
53 宝山寺は、「生駒の聖天さん」といわれるが、この愛称の元となったのはどれか。
ア 伎芸天、イ 帝釈天、ウ 毘沙門天、エ 歓喜天
歓喜天には、馴染みが無かった。
64 円成寺の国宝大日如来坐像は、ある仏師の若き日に制作されたというが、それは誰か。
ア 運慶、イ 快慶、ウ 定朝、エ 湛慶
見直しで、迷って、変更したので、間違ってしまった。
最も名のとおった仏師でよかったんだ。
79 奈良墨は、興福寺の二諦坊で始まったとされるが、その時期はいつか。
ア 奈良時代、イ 平安時代、ウ 鎌倉時代、エ 室町時代
墨は、奈良時代から使用されているが、空海が、墨の技術を持ち帰ったと読んだ記憶から、平安時代としたが、奈良検定の公式テキストブックによると、興福寺の二諦坊での油煙墨を起源とするのは、室町時代としている。
80 江戸時代後期に、赤膚焼の名を高めた陶工は誰か。
ア 奥田木白、イ 森川杜園、ウ 吉田立斎、エ 富本憲吉
知らない名前ばかり。
正解はア。
森川杜園は奈良人形作家、吉田立斎は漆芸家、富本憲吉は陶芸家。
85 東大寺二月堂の修二会はある仏に罪過を懺悔し、その功徳により除災招福を祈る行事だが、その仏はどれか。
ア 廬舎那仏、イ 釈迦如来、ウ 薬師如来、エ 十一面観音
二月堂には先日観にいってきたところだが、本尊を拝んでこなかった(本尊十一面観音 非公開)。
二月堂の修二会を、「十一面悔過」というのを知らなかった。
86 薬師寺でも3月30日から4月5日まで修二会が行われるが、その通称はどれか。
ア おたいまつ、イ ほうらんや、ウ だだおし、エ 花会式
新薬師寺と混同してしまった。
おたいまつ は、新薬師寺の修二会、4月8日。
ほうらんや は、盆の行事のようだ。
だだおし は、長谷寺の修二会、2月14日。
97 平成18年末現在、世界遺産は奈良県に3件あるが、日本全国では何件か。
ア 9件、イ 13件、ウ 16件、エ 21件
奈良検定なので、奈良県の世界遺産は覚えたが、他県の世界遺産まで覚えていない。
99 次の都市の中で、奈良市と姉妹都市でないのはどれか。
ア 洛陽、イ 慶州、ウ キャンベラ、エ トレド
公式テキストブックに載っていなかった。
奈良市の姉妹都市は、韓国 慶州(S45提携)、スペイン トレド(S47)、中国 西安(S49)、フランス ベルサイユ(S61)、オーストラリア キャンベラ(H5)。
奈良市ホームページ > 友好都市
全国市区町村提携姉妹都市・友好都市一覧(海外)

 

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2007年1月13日 (土)

アグリロードうたひめ 新年会

アグリロードうたひめの新年初作業です。
干しておいた大豆の莢出しをしました。
棒で叩いて、莢からマメを取り出します。
味噌作り用の大豆です。
作業後、リーダーの家に1品ずつ持ち寄り、新年会。

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2007年1月11日 (木)

花空間けいはんな カブトムシ小屋完成

花空間けいはんなでのボランティアです。
カブトムシの小屋を完成させました。

回りを掘り、ネットの下を埋め込みます
Pict5468w800ネットを被せ、固定
Pict5469w800完成!
Pict5471w800

昼からは、伸び放題のキャロライナジャスミンの剪定を手伝いました。
金網のフェンスを越え、近くの桜などの樹木の枝に巻きついています。
花芽を付け、一部に花も咲いていましたが、フェンスに巻きつく枝を残して、すべて剪定。
昨年も剪定したそうですが、成長力の旺盛な植物です。
ジャスミンと名にありますが、モクセイ科のジャスミンとは別種で、有毒だそうです。

Pict5475


植木鉢で育てれば、小さく育てることができるので、子株を一株もらってきました。

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2007年1月 9日 (火)

飛鳥で炭焼き

明日香で炭焼窯が造られることになりました。
明日香村で炭焼窯が新たに造られるのは10年ぶりだそうです。

飛鳥里山クラブの呼びかけに応じて、作業の初日、手伝いに行きました。
甘樫丘に少し遅れて着いたのですが、作業手順等の説明中でした。
甘樫丘の斜面の段差を活かして、窯穴を掘り込みます。
掘削は、明日香村文化財保護課の立ち会いの下、慎重に行われます。
午前中、窯の設置場所確保のために伐採された樹木の小枝の整理を手伝いました。
この小枝は、窯の焼きしめに使われます。

Pict5415w800
Pict5436w800
Pict5437w800

窯は、12日ごろに完成予定です。

昼からは、手伝うことが無いので、里山クラブ森づくり隊の活動場所を見せてもらいに行きました。
甘樫丘の一角です。
ヒマラヤザクラが咲いていました。

ヒマラヤザクラ
Pict5431w800マユミ
Pict5424w800クスノキ科
シロダモかな
Pict5428w800

穴掘りの数人を残し、流れ解散。
まだ日が高いので、飛鳥川沿いに八木西口まで歩きました。
おふさ観音を拝観。

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2007年1月 7日 (日)

タチバナの実 @ 南円堂

興福寺南円堂は、右近の橘、左近の藤です。
右近の橘が実をつけていました。
金柑のような小さな実です。
タチバナの実は、もっと大きいものと思っていました。

Pict5407w800
Pict5408w800
Pict5409w800

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猿沢の池 率川、采女神社

奈良公園近辺散策5
先月25日に率川を歩きましたが、地蔵舟の写真を撮りもらしていたので、写真を撮りに、猿沢の池に寄りました。

率川の暗渠化工事で、多くの地蔵が出てきたそうです。
率川にかかる小さな石橋 嶋嘉橋(しまかはし) の下に、舟形の中州を作り、その地蔵さんたちを祀っています。

地蔵さんたち 橋の上から
Pict5400w800川に下りて、橋の下から
Pict5403w800
Pict5404w800

橋桁には、「明和七庚寅年五月吉日」と刻があります。
明和7年は1770年だそうです。

猿沢の池の畔には、采女が入水するときに衣を掛けたという柳が植えられています。

采女神社由緒
Pict5405w800池から後ろ向いた本殿
Pict5406w800春日神社系列なのに、本殿は春日造でない。この末社は、本社の造が認められていないのかな。

采女伝説
Pict5394w800采女地蔵
Pict5395w800衣掛柳
Pict5397w800


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奈良町 福智院、十輪院

奈良公園近辺散策4
今回の「酒蔵みてある記」のゴール、今西商店(春鹿酒造)の手前に、地蔵大仏の福智院があります。
本堂のなかも覗いてみましたが、暗くて、地蔵大仏はうっすらした輪郭しか分かりませんでした。

福智院
Pict5386w800
Pict5385w800境内の地蔵尊
Pict5384w800

春鹿酒造で酒蔵見学。
隣に、今西家書院がありましたが、見学は、後日回し。
一路南に、十輪院があります。
ハスの名所だとのこと、季節にまた来ることにしよう。

十輪院 本堂
Pict5390w800境内
Pict5389w800
Pict5388w800

元興寺極楽坊の前を通って、近鉄奈良駅に戻りました。


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新薬師寺近辺 鏡神社、比賣神社

奈良公園近辺散策3
新薬師寺の傍らに鏡神社があります。
鏡神社の本殿は、春日移しの社です。
春日大社古記録によると、1746年、春日大社の第3殿が鏡神社に譲渡されたとのこと。
春日大社の本殿は、拝殿に隠されて見ることができないので、代わりに、見学。
新薬師寺の門の左に、小さな神社があります。
鏡神社摂社の比賣神社(ひめかみしゃ)です。
額田王の娘の十市皇女を祀っています。

鏡神社
Pict5376w800春日移しの本殿
Pict5379w800比賣神社
Pict5374w800

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東大寺~春日大社

奈良公園近辺散策2
転害門から大仏殿の裏を通って、二月堂、三月堂を見学し、春日大社、新薬師寺へと散策しました。

転害門
Pict5329w800
Pict5332w800


大仏殿裏池から大仏殿を望む
Pict5333w800
Pict5334w800


二月堂
参籠所から階段を登りました
Pict5340w800二月堂舞台上
Pict5347w800左 良弁杉
Pict5358w800

二月堂休憩所に、お水取りの松明が展示されていました
Pict5342w800Pict5343w800Pict5344w800

二月堂の石段の途中に、タラヨウが赤い実をたくさんつけていました(別掲)。

法華堂(三月堂)の仏像を見学しました。
本尊不空羂索観音菩薩像(乾漆造)を中心に16体の仏像があり、うち12体が国宝です。
法華堂は、東大寺内で最古の建物。礼堂と本堂が独立した構造であったが、鎌倉時代の修理で、両者が一続きになったとのことです。

法華堂(三月堂) 左後方二月堂
Pict5363w800三月堂 側面
Pict5362w800法華堂経庫
左後方 法華堂
Pict5365w800

手向山八幡宮
Pict5366w800説明
Pict5367w800菅公腰掛石
歌碑
Pict5368w800

春日大社境内
一言主神社
Pict5369w80012社めぐり案内板
Pict5371w800神社の境内に、摂社以外に、他の神社の分社を見かけるが、どういう関係なのだろうか。

イチイガシ
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タラヨウ @ 二月堂

東大寺二月堂の階段の横に、赤い実をぎっしりつけた木がありました。
枝先にもたくさん実をつけています。
何の木だろうと、近寄ってみると、幹に名札が付いていました。
モチノキ科タラヨウでした。
ぎっしりと実をつけたタラヨウを初めて見ました。

タラヨウ
二月堂舞台から 正面後方四月堂、左三月堂
Pict5352w800タラヨウの実
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石段下から
Pict5349w800葉裏
手紙は書かれていない
Pict5354w800三月堂裏から
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二月堂のお水取りには何回か観に来たことがありますが、暗闇なので、これまでタラヨウには気がつきませんでした。


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酒蔵みてある記 新春初詣と「春鹿」

近鉄主催の 酒蔵みてある記 新春初詣と「春鹿」 で、奈良公園近辺を散策しました。
家を出るときに雪が降り出し、駅までの間、猛吹雪。
途中で引き返そうかなとも思いましたが、奈良市街地と奈良公園の散策だからと、出かけることにしました。
近鉄電車の遅延で、奈良駅への到着が遅れたので、近鉄の世話役は出発した後。
コース地図がもらえない遅延者が何名かいる。
改札の駅員はコースを知らない。
自分のとこの電車遅延なのだから、1人ぐらい世話役を残しておけばいいのに。
駅長室に行けば分かるだろうと、駅長室に出向き、コース地図を入手しました。
奈良駅→三角公園→東大寺→春日大社→白毫寺→新薬師寺→今西商店(春鹿酒造)のコースです。

三角公園がどこなのかピンと来ない。
小雪の中、地図を頼りに行ってみると、車輪のある公園。
何回か通ったところです。
大仏駅跡記念モニュメントのある公園と記されていたら、すぐに分かったのに。

大仏駅跡記念モニュメント
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東大寺転害門までは車の多い車道沿いの道。
車のあまり通らない路地裏コースをどうして設定しないのだろうか。

二月堂のあたりに来たところで、ようやく小雪~小雨が止みました。
二月堂、三月堂の見学で、時間をとったので、白毫寺は省略し、ゴールの今西商店に2時ごろに到着、酒蔵見学、試飲。

解散後、奈良町散策中、妻から、これから春日に初詣に行くとの連絡があったので、近鉄奈良駅に戻り、合流、再び、春日神社に出かけました。
帰路、新公会堂により、庭園を散策しました。

若草山の山焼きは、強風のため、朝のうちに早々と13日に延期決定。
昼から晴間も出てきて、強風も収まってきたのだから、実施できなくもなかっただろうに。

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2007年1月 5日 (金)

山の辺の道 冬景色 春の訪れ

センダンが、葉を落とした枝にたくさんの実をつけています。
落葉樹の小枝には、緑色の繭がついていました。
ウスタビガの飛び立った抜け殻でしょう。
常緑樹の葉間にはビナンカズラの赤が目立っています。

センダン
Pict5254w800ヤママユガ科ウスタビガの繭
Pict5305w800ビナンカズラ
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観光果樹園近く、桜が咲いていました。
一昨年12月に歩いたときも咲いていました。この時季に咲く種類のようです。

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冬景色の中にも、春が芽吹いています。

早春の道端を彩るオオイヌノフグリがもう咲いていました。
丹念に探せば、春の七草が生えているでしょう。

ゴマノハグサ科
オオイヌノフグリ
Pict5287w800シソ科
ホトケノザ
ヒメオドリコソウかな?
Pict5288w800ナデシコ科
コハコベ
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ナズナも咲いていましたが、ナズナの小花は、ピントあわせが難しい。

ロウバイの香りが漂ってきます。
花の真ん中まで黄色いので、たぶんソシンロウバイです。
近くに、マンサクに似た赤花の常緑樹。
マンサクは、落葉樹で花は黄色のはず。
調べてみると、赤花を咲かす常緑のマンサクもあることを知りました。
隣にはエリカが薄ピンクの小花をたくさんつけています。
エリカも種類が多く区分困難ですが、たぶんジャノメエリカです。

ロウバイ科
ソシンロウバイ
Pict5298w800マンサク科
ベニバナトキワマンサク
Pict5302w800ツツジ科
ジャノメエリカ
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石上神社近くの民家では、ボケが咲いていました。

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山の辺の道 巻向~天理 散策

シニア7名で山の辺の道を巻向から天理まで散策しました。
晴のち雨の天気予報でしたが、夕方まで穏やかな散策日和でした。
昨年9月、一昨年12月に天理から桜井方向へ散策しましたが、今回は、その逆コースです。
前回、前々回とも、ほぼ近鉄てくてくまっぷに沿って歩きましたが、今回は、行燈山古墳(崇神天皇陵)の西側を周り、また、西殿塚古墳(衾田陵)、竹之内環濠集落にも立寄りました。


平城山駅からJRで巻向駅に向かい、桜井経由のメンバーと巻向駅で落ち合う。
南方に、卑弥呼の墓ではないかといわれている箸墓古墳が見える。

Pict5229w800宮内庁は、第7代考霊天皇皇女倭迹迹日百襲姫命の大市墓として管理


相撲神社・穴師坐兵主神社への分岐の少し手前の果樹園の側で、山の辺の道に合流。

右後方に三輪山
Pict5232w800額田女王の歌碑
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額田女王歌
うま酒 三輪の山 あおによし 奈良の山の 山の際(ま)に いかくるまで
道のくま いつもるまでに つばらにも 見つつ行かむを
しばしばも 見さけむ山を 情(こころ)なく 雲の かくさふべしや
反歌
三輪山を しかもかくすか 雲だにも 情あらなも かくさふべしや


渋谷向山古墳(景行天皇陵)と行燈山古墳(崇神天皇陵)の途中にある喫茶 卑弥呼庵 で、しばし休憩。

卑弥呼庵 内部
Pict5234w800いにしえの人乃
夢眠る
出会いの庵
人にも花にも
 卑弥呼庵店主


行燈山古墳(崇神天皇陵)を周る。
濠には、カモたちが泳いでいる。
双眼鏡で見ると、古墳べりの岩陰にオシドリ数羽。
カワセミ狙いのカメラマンが数人。
一瞬のことで確認できなかったが、青い鳥が古墳べりを飛んだような。

行燈山古墳(崇神天皇陵)
北西から濠を見上げる
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Pict5240w800カモたち
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国道169号沿いの対面にイザナギ神社。
交通量が多くて横断できない。
車の合間をぬって写真撮影。

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山の辺の道は、かつては、渋谷向山古墳、行燈山古墳の西を辿っていたが、道路が国道169号に整備され交通量が増えてきたため、両陵の東側の路に切り替えられたとか。

トレイルセンターは休み。

長岳寺
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柿本人麻呂 歌碑
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Pict5261w800衾道を
引手の山に
妹を置きて
山路を行けば
生けりともなし


大和神社御旅所。
中山大塚古墳の一部を取り崩して、御旅所にしている。

御旅所
Pict5264w800留守番の神様がいる!
大和神社御旅所坐神社
Pict5263w800ここは古墳だった!
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念仏寺
Pict5266w800境内
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西殿塚古墳(衾田陵)に寄る。
継体天皇皇后の手白香皇女墓に治定されているが、周辺の発掘調査の出土品の鑑定などから、年代が合わないとか。

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散策路沿いの古墳。果樹畑になっている。

西山塚古墳
Pict5277w800波多子塚古墳
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柿本朝臣人麻 歌碑
Pict5278w800あしひきの
山川の瀬の
響るなべに
弓月が嶽に
雲立ち渡る


弁当不持参のメンバーがいたので、営業中の食事処を探していたところ、ようやく休憩所「みちふく」に出会い、遅い昼食。
山の辺の道沿いに住居を定め、自宅の横に手作りで店を造り開業、20年目だとのこと。
手作りグッツも売っていた。

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竹ノ内環濠集落にも寄る。

説明板
Pict5285w800残された環濠
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夜都伎神社
神社説明
Pict5292w800藁葺きの拝殿
Pict5293w800本殿
春日造
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内山永久寺跡
石碑
Pict5306w800寺院配置図
Pict5307w800説明板
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芭蕉 句碑
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Pict5310w800うちやまや
とざましらずの
花ざかり
 宗房


石上神社
神社手前で、工事中のため回り道を指示していたが、歩行者なら通れるだろうと前進、池沿いが工事途中であったが、難なく通行できた。

石上神社の石柱 刻印は布留社
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境内摂社
出雲建雄神社拝殿(国宝)
内山永久寺の鎮守社の拝殿を移築したもの
Pict5313w800天神社
Pict5315w800七座社
流造の7軒長屋だ!
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天理駅から西大寺に出て、駅前の「味楽座」で打上げ・新年会。

道沿いの草木 別掲

→山の辺の道散策 前回前々回

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