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2007年4月24日 (火)

大和高田の史跡探訪

近鉄駅長お薦めフリーハイキング「静御前ゆかりの地と大和高田の史跡探訪」に参加し、造園訓練同窓4名で、大和高田~築山を散策しました。

静御前の母礒野禅尼は、大和高田の礒野の出身。
静御前は頼朝に捕らえられるが、許されて、母の故郷の礒野に戻り、当地でなくなったと伝えられる。

近鉄大和高田駅でコース地図を受け取り、史跡探訪に出発。
JR線を越えたところに、旧高田川大橋跡。
旧高田川は国道166号になっており、市内の国道のところどころに旧高田川の橋跡が残っている。
JR線の下をくぐり、東に少し行くと、ユニチカ高田工場跡記念碑。
このあたり一帯は、綿紡績工場の跡地が再開発されたところ。

昭和初期 高田川付替え
Pict6857w800中央道路は川だった
Pict6858w800ユニチカ工場跡
昭和52年工場閉鎖
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JR高田駅前に天神社。
式外神社ながら古くからの鎮座。流作り本殿は、大屋根ですっぽり覆われ、保護されている。

天神社由緒
Pict6862w800鳥居
Pict6863w800本殿
Pict6865w800

JR和歌山線沿いに南下、八幡神社(拝殿改築中)を東折れしJR線を渡ると、小学校があり、その南側に、高田城址の石碑。
その一路南が古代の幹線路「横大路」、中世~江戸時代は初瀬街道ないし伊勢街道として賑わいだ街道。
道沿いに大神宮の灯籠が保存されている。

高田城説明
Pict6868w800高田城址
Pict6869w800横大路 高灯篭
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八百屋お七のモデルとされる”志ち”の墓のある常光寺を観て、不動院に向かう。
不動院は、もとは聖徳太子創建の金輪山証菩提寺といわれ、現存本堂は1483年高田城主當麻為長が建立したもので、高田市内唯一の重要文化財。本尊木造大日如来坐像は鎌倉時代の作。

線路の向こうに
常光寺
Pict6876w800不動院本堂
Pict6877w800不動院説明
Pict6878w800

分かりにくいコース地図を「でっか字まっぷ奈良大和路」で補い、高田御坊といわれる専立寺に着く。
1600年、本願寺の准如が創建、寺内町を発展させ、今日の商いの町の礎を築いた。
寺前で、「にぎわい大和高田」の方が、「静御前めぐり」の地図を配っており、市内の史跡をいろいろと説明してくれた。専立寺の庭園は住職に頼めば見せてもらえるよ、と聞いたので、本堂隣の住宅で頼むと、快く、庭園を見せてもらえた。

専立寺と寺内町
Pict6883w800専立寺 大門
Pict6884w800専立寺 本堂
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本堂横に
シャクヤク  この右後に庭園への入口
Pict6890w800専立寺 庭園
Pict6887w800Pict6888w800

庭園見学で時間をとったので、コースを離れて大中公園に直行し、昼食とした。
大中公園はサクラの名所。
静御前の記念碑がある。

静御前記念碑
Pict6895w800静御前記念碑裏面
Pict6896w800静御前めぐり案内
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しづやしづ 賤のおだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな

昼食後、衣掛けの松、龍王宮、笠神明神跡、静御前終焉の地、静御前の塚跡を訪ねる。
故郷にもどった静御前は、心疲れて病み、春日町の笠神の社の明神に病気平癒を祈って帰る途中、古墳の松の木に衣を掛けて休んだという。古墳は取り崩され、いまは県立高田高校内に、静御前を偲んだ高田の住人森田湖月の句碑「色かえぬ 松に緑の 古墳かな」が残る。
近鉄高田市駅傍の龍王宮は、石園坐多久虫玉神社(いそのにますたくむしたまじんじゃ)といい、市内で唯一の延喜式内神社。第3代安寧天皇の片塩浮孔宮跡と伝承される。礒野は、石園が転じたもので、現礒野町に、多久虫玉神社の分社がある。
笠神明神跡は、静御前めぐりの地図では分からず、春日町1丁目を一周し、地元の老人に聞いて、ようやくたどり着いたが、ちいさな説明碑があるのみ。静御前終焉の地、静御前の塚跡も、説明碑があるのみ。

龍王宮 鳥居
Pict6901w800龍王宮 説明板
Pict6902w800奉納絵
Pict6906w800

衣掛けの松
Pict6899w800静御前終焉の地
Pict6911w800静御前の塚跡
Pict6914w800

大中公園に戻り、休憩。
高田川沿いに下り、春日神社に立寄る。
春日神社には、義経主従が吉野へ落ち延びる途中、同行する静御前が母である磯禅師に会いに行っている間、義経主従7名が座ったとされる七つ石がある。

春日神社 鳥居
Pict6919w800七つ石
Pict6923w800七つ石民話伝承
Pict6917w800

龍王宮で縁起を熱心にメモしていた老人が、ここでも、説明板をメモしていた。ボケ防止のため、説明板をメモし、疑問点を教育委員会などに問い合わせているという。
全国各地を歩き回っており、北海道に義経の足跡があるなど義経伝説の話をしてくれた。
近鉄駅長推薦ハイキングには、昨年度は29駅全駅のコースを踏破し、今年度は、すでに10コース以上歩いているとか。2日に1回の割り。80歳近くというが、我々より健脚。 

弘法の井戸、環濠集落の説明板を見て、ゴールの築山駅を目指す。
領家山古墳群の古墳では、枯れた大木の伐採作業中。

弘法の井戸、環濠集落の説明
Pict6928w800池に亀
親亀の上に小亀
Pict6929w800大木伐採
民家を傷つけないように慎重に
Pict6930w800

築山古墳は全長210mの前方後円墳。従来は5世紀前半の中期古墳と認識されていたが、周辺の発掘調査から、もっと古い古墳の可能性が出てきている。磐園陵墓参考地とされ、宮内庁管理。前方に周ってみたが、説明板は何もない。「でっか字まっぷ奈良大和路」には「武列天皇御陵」とあるが、宮内庁は、武列天皇陵は、香芝市今泉の傍丘磐坏丘北陵と治定している。

築山古墳 遠景
Pict6932w800築山古墳 後円部分
Pict6934w800Pict6933w800

築山駅から八木駅に出て、駅前の「天まで上がれ」で反省会。


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