« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月の9件の記事

2007年11月26日 (月)

みたらい渓谷 バスツアー

シニア3名で、奈良交通のバスツアーで、みたらい渓谷を散策してきました。
バスは、近鉄高の原駅前を出発、近鉄奈良駅、JR奈良駅、近鉄八木駅を回り、天川村に向かいます。
高の原での乗客は私と他1名でしたが、近鉄奈良駅で多数乗り込み、八木駅出発時には、ほぼ満席となりました。
途中、道の駅「吉野路黒滝」で10分ほど休憩し、11時15分ごろに天川村役場駐車場に着きました。
昼食弁当を受け取って、洞川までみたらい渓谷散策のスタートです。

 8:05 高の原 出発
 9:40 八木  出発
10:40 道の駅「吉野路黒滝」 10分ほど休憩
11:15 天川村役場駐車場に到着
      洞川までみたらい渓谷の散策
15:10 洞川温泉センター 出発 帰路に着く

続きを読む "みたらい渓谷 バスツアー"

| | コメント (0)

2007年11月25日 (日)

飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー2

11月22日に、飛鳥里山クラブで、飛鳥万葉歌碑巡りをしました。
公園館を起点に、高松塚、川原寺、甘樫丘、雷塚、飛鳥坐神社、小原、民俗資料館、犬養孝万葉記念館と回りました。

高松塚壁画館の近くで、4神獣(青龍、朱雀、玄武、白虎)が出迎えてくれます。
Rimg2755w800

高松塚古墳の前の小丘にある歌碑「紅の赤裳」の説明を受け、川原寺跡前の歌碑に向かいます。
文武天皇陵の裏、八坂神社の前を通り、朝風峠への分岐の手前で左折しました。
初めて歩く道です。
はるか鬼の雪隠あたりの土砂崩れの跡を覆うブルーシートが見えます。
定林寺跡を右手に明日香小学校の裏手から健康福祉センター前に出ました。
帰宅後、地図で見ると、やや遠回りしたようです。
川原寺跡の手前に、今回のスタンプラリー対象外ですが、柿本人麻呂歌碑があります。
紅葉に囲まれた岡寺の五重塔が展望されます。
正面に三輪山が展望されます。


続きを読む "飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー2"

| | コメント (0)

2007年11月22日 (木)

飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー

明日香では、犬養孝の生誕100年記念事業として、11月30日まで、「飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー」を実施しています。
明日香村内には、万葉学者犬養孝揮毫の万葉歌碑が15基あります。
万葉歌碑を訪ね、スタンプを集めます。
ゴールの犬養万葉記念館で、スタンプ10個で記念品が貰え、15個全部で更に記念品が貰えます。

飛鳥里山クラブで「飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー」に参加しました。
飛鳥歴史公園館前に集合。
飛鳥里山クラブ文化サークルの諸先輩の解説付きで、犬養孝揮毫の万葉歌碑を10基巡り、ゴールの犬養万葉記念館で、犬養孝書の「明日香風」の万葉歌を印刷したクリアーホルダーを貰いました。
解散後、同期3名で、残りの5基のうち4基を回りました。

続きを読む "飛鳥・犬養孝の万葉歌碑スタンプラリー"

| | コメント (0)

2007年11月17日 (土)

歌姫探訪

奈良大学奈良文化論聴講の後、聴講に来ていた散策仲間と、歌姫を探訪、西大寺駅まで散策しました。

奈良大学を出て、すぐに右の細道を大学に沿って進むと、左側に小さな神社。神社の前を道なりに進むと、東大寺学園の前に出ます。
東大寺学園の次の分岐を左の坂道を登っていくと、関西文化芸術学園があります。
ここから先は、両側にササが生茂る細い道です。
雑木林に覆われた道をしばらく道なりに進みます。

雑木林に覆われた道
Rimg2728w800前方に近鉄京都線高架橋
Rimg2729w800


近鉄京都線高架橋 橋名がない 何橋だろうか?
Rimg2730w800橋上より高の原駅方向
Rimg2731w800渡り終わって
Rimg2733w800

近鉄京都線を越えたところに、テニスコートがあり、大勢が、テニスを楽しんでいました。

道端にコスモスの仲間?
Rimg2734w800


添御懸坐(そうのみあがたにいます)神社に向かいます。
途中にマラ塚があります。小さな円墳です。周囲を回ったのですが、放置されたままで、説明板はありませんでした。
添御懸坐神社は、大和平野を南北に縦貫する下つ道の北端、木津川水系と大和川水系との分水嶺に祀られています。水分の神でもあり、国境の神でもあります。

添御懸坐神社
鳥居
Rimg2738w800拝殿
Rimg2741w800本殿
Rimg2742w800

説明板 式内神社です
祭神 速須佐之男命 櫛稻田姫命 武乳速命
Rimg2736w800説明板 下つ道の北端、国境に鎮座する手向けの神です
Rimg2737w800奈良市三碓(みつがらす)に同名の神社があります

境内に歌碑が2つあります。
万葉歌碑 長屋王
Rimg2739w800歌碑 菅原道真
Rimg2740w800

万葉集巻3 300 長屋王寧樂山に馬を止めての歌
佐保過ぎて 奈良の手向けに 置く幣は 妹を目離れず 相見しめとぞ

菅原道真公が宇多天皇の吉野行幸に従った際の歌
このたびは 幣もとりあへず 手向山 もみじの錦 神のまにまに
(この歌碑は、手向山八幡宮にもあった)

塩塚古墳、瓢箪山古墳、垂仁天皇后の日葉酢媛命陵、成務天皇陵、称徳天皇陵を巡り、西大寺駅まで散策しました。
塩塚古墳~称徳天皇陵は、2007/3/21松林苑探訪、佐紀佐保路散策の逆コースです。

成務天皇陵の松が1本枯れていました。
Rimg2746w800


| | コメント (0)

遺跡はなぜ埋まるのか

奈良大学の公開講座奈良文化論白石太一郎教授「遺跡はなぜ埋まるのか」を聴講しました。

北メソポタミアのテル・ハッスナ遺跡を例に、中近東などでは何層にも重なる遺跡が多く見つかっている。レンガ造りの村落が崩壊し、その上に、後の時代の村落が建設される。レンガの痕跡が層を成して残存する。
日本でも、東京都鈴木遺跡(旧石器時代の遺跡)、京都府平遺跡(縄文~弥生土器の遺跡)などの事例はあるが、何層にも重なる遺跡はあまり多くはない。
日本考古学では、火山灰の役割が大きい。大噴火の時期とその火山灰の分布状況が研究されており、火山灰層の上下で、石器等の年代が推計できる。
2万2千年前の姶良火山の大噴火では、火山灰が本州全域に降り注いだ(AT層)。

奈良盆地では、地層の堆積はあまりない。
数10cmの表土、耕作土、床土のすぐ下に、平城京や藤原京時代の地層が現れる。
建物遺構では、杭の跡の切り合い関係で、建物の新旧が判断できる。
平城京跡では、当時の地割が、道として残っているところもあり、S47年に「平城京の復元保存計画に関する調査研究」で、当時存在していた道をもとに、平城京朱雀大路付近における遺存地割を復元している。

学生に対する小論文テーマ
「古い条里制地割りはなぜ発掘されないのか」

| | コメント (0)

2007年11月16日 (金)

葛城の道 散策

飛鳥里山クラブ歴史サークルで、葛城の道を、風の森から近鉄御所駅まで散策しました。

風の森神社、高嶋神社、高天彦神社、橋本院、極楽寺、長柄集落・中村邸、長柄神社、一言主神社を訪ねました。
一言主神社で歴史探訪会は終了、解散しましたが、ほぼ全員、三々五々と田舎道を御所駅まで戻りました。

続きを読む "葛城の道 散策"

| | コメント (0)

2007年11月10日 (土)

ならやまの史跡

近くの公民館祭りの記念講演で、郷土史家中島弘さんの講演「ならやまの史跡について」を聴きました。

残されている地名などをもとに、「ならやま」の説明がありました。

ならやまは、ならの北に連なる丘陵。
漢字表記では、椎山、楢山、奈良山、平城山、那羅山、寧楽山、平山、乃楽山、常山など。
主峰といえる山は見当たらないが、佐保山、那富山、奈保山、黒髪山、那羅山などの地名がある。
ならやま丘陵の谷間(現在JR線が走る)により、東側が佐保、西側が佐紀に分かれるが、佐保、佐紀は、古代は、狭穂、狭城と表記していた。
佐紀の西南には押隈(押熊)。ならの都の隅。
ならやまの北側が、山背。
都が平安京に移ってからは、山背は山城と表記されるようになった。

ならやま丘陵の谷間を走る近鉄京都線を横断する橋に、超昇寺橋、常福寺橋がある。
超昇寺は、平城天皇の第3皇子である真如法親王が創立した寺で、このあたり一帯は超昇寺の地所であった。
歌姫は超昇寺村の枝村だった。
超昇寺がどこにあったかは不詳であるが、橋の名前として残された。
常福寺は、水上池西の葛木神社にあった。


次いで、万葉歌をもとに、ならやまの原風景を描きます。

「秋されば 今も見る如 妻恋に 鹿鳴山ぞ高野(たかの)の原のうえ」

近鉄高の原駅の名称はこの歌に由来し、駅前に万葉歌碑があるが、高野がどこかには諸説があるらしい。
野は、山のふもとを示す。原は、野をさらに下ったところ。

「平山(ならやま)の 峰のもみじ葉 取れば散る しぐれの雨し 間なく降るらし」

万葉時代のならやまは、紅葉の雑木林で、鹿の鳴き声が聞こえるところだったようだ。


ならやま丘陵の遺跡については、時間切れで、最後にちょっと触れられただけでした。
レジメでは
・国境にある古墳 イシノカラト古墳 大山守命那羅山墓 押熊王の墓
・佐紀盾列古墳群
・古道 ならやま超え
・多くの瓦窯跡 押熊 中山 歌姫 歌姫西 山城音如谷 上人ケ平

| | コメント (0)

2007年11月 7日 (水)

興福寺国宝展 正倉院展

興福寺では、北円堂の開扉(12日まで)と大圓堂の秘仏特別公開(25日まで)を行っています。
朝日新聞販売店から、興福寺秘仏特別公開の招待券をもらいました。
正倉院展も12日来週月曜日までですので、併せて観にいきました。

興福寺北円堂(国宝)には、弥勒如来坐像(国宝)を中心に、脇侍として法苑林・大妙相菩薩半跏像、後方に無著・世親菩薩像(国宝)、四方に四天王立像(国宝)が配置されています。

弥勒仏は、56億7千年後にこの世にあらわれて人々を救うとされている仏で、今はとそつ天で修行中の菩薩であるが、ここでは、如来となっている。運慶の晩年の代表作。桂材寄木造。
法苑林・大妙相菩薩は、弥勒を如来形にして三尊形式として表現する場合の代表的な脇侍だそうである。
無著・世親菩薩は、5世紀のころ北インドで活躍した兄弟の学僧で、興福寺の法相宗の宗義を事実上まとめあげた人物。これらの像も運慶作。桂材寄木造。
四天王立像は、木心乾漆造、平安時代初期の作品。大安寺の像として791年に造られたものとのこと。

興福寺大圓堂の本尊は、聖観音菩薩立像(鎌倉時代)で、寺内では初めての公開です。
大圓堂には、薮内佐斗司さんの作品七福神童子、阿修羅童子、興福童子が展示されています。
招待券は、八部衆一堂公開中の興福寺国宝館とセットになっているので、国宝館の仏像たちも見学してきました。

正倉院展は、平日なのに大混雑でした。

| | コメント (0)

2007年11月 3日 (土)

福住~蔵輪寺 散策

大和路散策会で、福住~西念寺~蔵輪寺~薬師寺(廃)を散策しました。

天理駅に集合。
9時20分発の三重交通バスで国道福住まで乗る。
途中、事故渋滞で30分近く予定を遅れる。

国道福住
Rimg2498w800中央後方 福住城址(中定城)
Rimg2499w800前方 西念寺
Rimg2501w800

福住氏の居城であったとされる福住城址(中定城)の傍をとおり、西念寺を訪ねる。
本尊は木造阿弥陀如来半跏像(室町時代後半)。
観音堂には、県指定重要文化財の木造十一面観音像と薬師如来像がある。

西念寺
Rimg2503w800本堂は茅葺!
Rimg2504w800ポスター左上
十一面観音像
Rimg2510w800

西念寺から山田に向かう。

Rimg2513w800途中、日本動物霊園。
我が家の愛犬の墓地。
車では来たことがあったが、こんなところだったんだ!


八阪神社で昼食。
牛頭大王を祀っていると考えられるが、灯籠の記銘は錫杖天王。

八阪神社
Rimg2518w800拝殿
Rimg2522w800本殿
Rimg2525w800
本殿前 ユニークな狛犬
Rimg2528w800Rimg2527w800Rimg2529w800


山田は、戦国時代、山田氏が治めていた。
山田氏は、隣接の福住氏と同じく筒井一族であったが、両者はときどき対峙し争っている。
蔵輪寺。山田道安の菩提寺。
山田道安は、絵画、彫刻に秀でており、また、戦乱で焼け落ちた奈良東大寺の大仏を修復したともいわれている。

蔵輪寺
Rimg2535w800道安と息子の無縫塔
Rimg2536w800説明板
Rimg2538w800

蔵輪寺を過ぎ、しばらく進むと、道安遺跡があり、その傍の通称岩懸けの崖に道安作と伝えられる線刻不動明王磨崖仏がある。

道安遺跡碑(山田岩掛城跡)
Rimg2541w800線刻不動明王磨崖仏
Rimg2544w800


下山田に春日神社。
神社本殿の隣に薬師堂(廃薬師寺)があり、12世紀後半の作とみられる木造薬師如来坐像がある。
神仏混合の痕跡が各地に残されている。

春日神社
Rimg2553w800本殿
Rimg2555w800拝殿
Rimg2560w800

隣接して薬師寺(廃)
Rimg2556w800篇額
Rimg2561w800


散策で出会った実
青い実 スズメウリ
Rimg2517w800黒い実 サカキ
Rimg2530w800赤い実
ヒヨドリジョウゴ
Rimg2551w800

今日は散策後に主宰者の出版記念パーティが行われます。
天理の宴会場のバスが下山田まで迎えに来てくれました。
天理市街の飲食店で出版記念パーティ兼懇親会。
中西顕治編著「たゆたう大和路 第2版」を著者署名付きで頂きました。


| | コメント (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »