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2008年2月 6日 (水)

加茂恭仁京~棚倉 散策

シニア6名で、加茂から棚倉まで、海住山寺~恭仁京跡~神童寺と散策し、棚倉駅前の湧出宮、十輪寺を拝観し、奈良に戻りました。 
蟹満寺~高倉神社~寿宝寺も巡る計画でしたが、今回は、棚倉で中断。

JR加茂駅で、奈良からバスで来た仲間と合流、最初の目標地海住山寺に向かいます。

木津川恭仁大橋の手前に歌碑。
達筆すぎて読めません。
説明板も付いていない。

恭仁京大橋南端の歌碑
Rimg3628w800何て読むのだろう
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帰宅後、Webで調べたら、百人一首の馴染みの歌だった。

百人一首 第27番
みかの原 わきてながるる 泉河
 いつ見きとてか 恋しかるらむ
   中納言兼輔 (新古今11-恋1)
   藤原兼輔、紫式部の曽祖父だそうです。

恭仁大橋を渡ったところにも歌碑があります。
こちらは読みやすい。

木津川 恭仁大橋 大阪港から67Km 
Rimg3631w800恭仁京跡へは直進
Rimg3632w800万葉歌碑
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今造る 久邇(くに)の都は 山川の
  清けき見れば うべ知らすらし
     大伴家持 (万葉集3-1037)

400m?直進し、国道の手前、岡崎バス停の四つ角で左折します。
Rimg3633w800角の手前に、
木のおもちゃ工房 arumi toy
知人のお嬢さんの工房兼店舗。こんなところにあったんだ!


Rimg3634w800国道を横切り、次の路を右折し、海住山に向かいます。
道標設置者表示は、まだ「加茂町・・・」のままです。

集落を抜けると急坂です。
視界がひらけ、恭仁京のあったあたりが見下ろせます。
蛇行する泉川(木津川)に守られた要衝の地
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坂を登りつめると、山門
Rimg3637w800参道は続き、
しばらく進むと、
左階段上に山門
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海住山寺
「なんてん寺」の表示
Rimg3640w800ナンテン  赤い実が美しい
Rimg3642w800Rimg3641w800

735年(天平7年)に聖武天皇が大仏建立の無事を祈り海住山の中腹に建立させた観音寺が海住山寺の始まりといわれている。平安時代末に観音寺は焼失、1208年、笠置寺の貞慶がその跡に草庵を結び、海住山寺となずけたのが今に続く寺の起源。
本尊は十一面観音菩薩像(平安時代、重文)。
毎年10月下旬に10日間ほど、国宝五重塔、重文文殊堂が開扉され、庭園、寺宝が特別公開される。

本堂
Rimg3647w800五重塔 鎌倉時代 国宝 
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本堂の横の道を登っていくと、展望広場があります。
Rimg3648w800雪だるまがいました。
数日前の積雪で、だれかが雪地蔵仏を作ったのでしょうか。
恭仁宮跡は左側木蔭で見えません。

海住山寺を後にし、恭仁宮跡に向かいます。
急な参道を下り、途中で、畑中の脇道を横切り、恭仁宮跡にたどり着きました。

恭仁京は、740年(天平12年)、聖武天皇により造営されましたが、わずか4年余りで廃止されています。
恭仁宮跡地には、その後、山城国分寺が建立されました。

山城国分寺跡(恭仁宮跡)の碑
Rimg3652w800恭仁京大極殿跡の碑
Rimg3653w800説明板
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山城国分寺 七重塔跡   
Rimg3655w800背後左手前の円錐形の山が海住山
Rimg3657w800説明板
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棚倉駅前の食堂で昼食の計画でしたが、既に12時過ぎです。
Rimg3659w800国道沿いのコンビニでおにぎりでも買おうかと、国道に出ると・・・、
ありました、うどん・そばの食事処が。
ドライバーで結構込んでいました。

食堂で暖まり、旧道に戻り西に向かいます。
木津川と山が接近し、しばらくは川沿いの国道を歩みます。
Rimg3661w800たまたま斜面工事中で交通規制していたので、その部分は、トラックに脅かされずにすみましたが、歩道のない国道で、トラックの多い道なので、ヒヤヒヤの散策です。

一般車通行止めとなっている廃棄物処分場?への道を登ります。
道標はありません。
途中、路の合流はありましたが、ほぼ一本道で、桜峠です。
尾根道があります。たぶん海住山寺裏山の山路につながっているのでしょう。

桜峠
Rimg3662w800棚倉方面に下ります
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天神神社
鳥居
Rimg3664w800拝殿
Rimg3665w800本殿と神楽殿
平入りだが何造?
流造の範疇かな
Rimg3666w800

神童寺
本堂補修工事中でした
Rimg3667w800北吉野山神童寺
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JR棚倉駅前にたどり着いたのは3時近くでした。
蟹満寺~高倉神社~寿宝寺も巡る計画でしたが、棚倉駅前の湧出宮、十輪寺を拝観して、JRで奈良に戻ることにしました。

湧出宮(わきでのみや)
和伎座天乃夫岐売神社(わきにいますあめのふきめじんじゃ)

称徳天皇の766年(天平神護2年)に、天乃夫岐売命(あめのふきめのみこと)が伊勢の国からこの地に遷座、このとき、一夜にして森が湧き出し、四町八反余りの神域と化したので、湧出宮と称されるようになったとか。
祭神は、天乃夫岐売命、田凝姫命(たごろひめのみこと)及び市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。
2月第3土曜日と翌日曜日に「いごもり祭」が行われます。

駅前 神社入口
Rimg3669w800鳥居
Rimg3678w800参道、門、鳥居
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式内郷社です
Rimg3676w800鳥居と拝殿
Rimg3672w800神楽殿と本殿
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湧出宮の横を少し東入ると十輪寺です。

十輪寺
Rimg3688w800本堂
Rimg3684w800十三重石塔
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Rimg3686w800境内で、赤と黄のマンリョウが実っていました。


奈良の東向き商店街のいつもの店で反省会。

ドアtoドアで27千歩、今日はけっこう歩いたなぁ。

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