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2008年2月15日 (金)

オオヤマト古墳群を訪ねて

飛鳥里山クラブ歴史サークルの2月例会「オオヤマト古墳群を訪ねて」に参加しました。
天理市南部から桜井市にかけての山麓部に、全長200mを超える大型前方後円墳4基を中心にして、大小40数基の古墳が密集しています。
例会では、大和神社前の馬口山古墳から黒塚古墳までの古墳を巡り、前方後円墳9基、前方後方墳3基の解説を受けました。
黒塚古墳隣接の黒塚古墳展示館で「オオヤマト古墳群」の説明を受け、例会は散会。
まだ早かったので、近鉄橿原線の駅まで散策することとし、池座神社、唐古・鍵遺跡を訪ね、石見駅から帰りました。

散策コース
黒塚古墳展示館の展示航空写真の写真にコースを加筆
Ooyamatokohungun
S JR柳本駅
1 大和(おおやまと)神社
2 馬口山(ばくちやま)古墳
3 ノムギ古墳、ヒエ古墳
4 マバカ古墳
5 波多子塚(はたごづか)古墳
6 西山塚古墳
7 西殿塚古墳
8 東殿塚古墳
9 燈籠山古墳
10 下池山古墳
11 中山大塚古墳
12 黒塚古墳、黒塚古墳展示館

なお、
3 ノムギ古墳、5 波多子塚古墳、10 下池山古墳が前方後方墳。
その他9基が前方後円墳。
7 西殿塚古墳が陵墓管理、12 黒塚古墳が国史跡、11 中山大塚古墳が県史跡。
(オオヤマト古墳群シンポジウム実行委員会の資料による)

大和神社の最寄り駅はJR長柄です。
JR平城山駅から長柄駅に向かいました。
奈良駅からは2両のかわいい列車です。
奈良駅で出会った同僚と話し合っているうちに、長良駅着。
ドアが開かない。
天理駅までは2両目車両のドアも開いていたのに。
先頭車両から出るのだよと他の乗客に教えられ、先頭車両に急いだのですが、・・・
運転手横のドアにたどり着いたときには、列車は発車していました。
大和神社の横を通り越して、次の駅へ。
戻りの列車は15分後なので、柳本駅から大和神社まで歩いていくことにしました。
地図でみると、途中の路沿いに矢矧塚(やはぎづか)古墳、フサギ塚古墳がある。
注意して歩いたのですが、古墳に気づかないまま大和神社に着いてしまいました。

集合時刻にはすこし遅れたのですが、コース説明や神社の見学をしていたのでしょう、神社内でメンバーと無事合流できました。

大和神社(おおやまとじんじゃ)
延喜式に大和坐大国魂神社三座とある名神大社(みょうじんたいしゃ)です。
祭神は、日本大国魂大神 (やまとおおくにたまのおおかみ) 、八千矛神 (やちほこのかみ)、御年大神 (みとしのおおかみ) です。
4月1日の例祭(通称チャンチャン祭)で有名です。

大和神社 鳥居
Rimg3727w800社殿
Rimg3722w800本殿
Rimg3720w800

社殿の左側に高龗神社(たかおおかみじんじゃ)がありました。
大和神社の摂社で、祈雨神祭についての全国総本社だそうです。
長谷のまほろば湖の先に高龗神社があったし、各地に、同名神社があるようだが、ここがその総本社なのだろうか!?

高龗神社
Rimg3724w800説明板
Rimg3723w800本殿
Rimg3726w800

説明板に記載
「大和神社の摂社である。祭神は雨師大神即ち水神様で、崇神天皇のとき渟名城(ぬなき)入姫命をして穂積長柄岬(現親泉星山)に創祀される。
古来六月一日、十年に一度の大祭には、和歌山・吉野・宇陀その他近在邑々から千人余りも参拝者の列が続いたとある。先頭に丹生川上神社、中・下社が金御幣を持ち後尾は末社の狭井神社が勤めた。茅原上つ道を経て箸墓裾で休憩。大倭柳本邑に入り長岡岬、大市坐皇女渟名城入姫斎持御前の井戸で祓い清める。神職は輿と共に神橋を渡り大和神社に入る。一般の人達は宿から一番鶏が鳴くと倭市磯池に体を清め笠縫邑から神社へ向かう。
社は古代伊勢神宮と同じ建築様式で江戸時代の建立になる。
昭和二十五年の台風により被害を受け半壊する。」

オオヤマト古墳群の資料によると、大和神社境内に星塚古墳があるが、気づきませんでした。

大和神社の鳥居を北折れすると、馬口山古墳です。
前方と後円の間に小路があります。
Rimg3729w800

佐保庄交差点を東折れし、山の辺の道の方向に進むと、工事中の県道バイパスに出会います。
ノムギ古墳ヒエ古墳の間を通り、マバカ古墳の前方部分を掠めるバイパス道路です。

ノムギ古墳とヒエ古墳の説明板
Rimg3731w800_2(東)ヒエ古墳~工事中のバイパス道路~ノムギ古墳(西)
Rimg3733w800Rimg3734w800

マバカ古墳の前方と後円の間には道があり、前方部分は柿畑になっています。
このあたりは刀根早生柿の発祥の地だそうです。

マバカ古墳
説明板の右柿畑が前方部分、左後方の丘が後円部分
Rimg3737w800古墳を道路が分断
刀根早生柿の碑を見ています
Rimg3738w800刀根早生柿の碑
Rimg3739w800

柿畑の中に、ほぼ方形の段々畑の丘があります。
前方後方墳波多子塚古墳の後方部分です。
このあたりは、山の辺の道散策で何回か歩いたところです。
前回散策記 2007/1/5 巻向~天理 散策

波多子塚古墳
山の辺の道から 左後方かなたに二上山
Rimg3743w800南側から
Rimg3740w800近くに 万葉歌碑
Rimg3746w800

山の辺の道沿いに、西山塚古墳があります。
このあたりの古墳は古墳時代初期~前期(3世紀~4世紀)の古墳が多いなかにあって、この古墳は、発掘調査などから築造時期が6世紀代と推定されており、手白香皇后の衾田陵の真陵ではないかと云われているそうです。
また、このあたりの古墳は、自然地形を基に造られたらしく、方向がまちまちのなかにあって、この古墳は、南北に造られていますが、飛鳥の古墳とは逆に、前方が北となっています。

西山塚古墳
Rimg3747w800正面だけが古墳と思っていたが
これは後円部分で
Rimg3748w800前方後円墳でした
Rimg3749w800

山の辺の道からは西殿塚古墳の陰になって見えない東殿塚古墳を観るために、手白香皇后の衾田陵と治定されている西殿塚古墳の東側の小路を周ります。
柿畑の向こうに東殿塚古墳が横たわっています。

東殿塚古墳
左端(北)は西殿塚古墳後円、右端(南)は西殿塚古墳前方の端
Higasitonodukakohunw1000

上池の土手上で対岸の燈籠山古墳と眼下の下池山古墳の説明を受けます。

燈籠山古墳
前方部分は墓になっています
Rimg3761w800下池山古墳
Rimg3764w800アオサギがいました
Rimg3765s800

中山大塚古墳は、大和神社の御旅所です。
後円部分の上に登りました。
頂上には、石室を模して、サザンカとカナメモチ(だったかな?)が植えられています。
中山大塚古墳傍らの柿畑の脇で昼食、休憩。

大和神社の御旅所
Rimg3768w800大和神社御旅所坐神社
Rimg3775v800左の樹木は、マツ科ツガかな

中山大塚古墳後円部分の頂上
Rimg3774w800展望
北西方向 前方の林は大和神社
Rimg3773w800

大和神社御旅所を後にし、黒塚古墳に向かいます。
黒塚古墳は、中・近世には砦や陣屋に使用されており、古墳形状は著しく変形しているが、石室内の盗掘からは守られていたようです。
1998年の発掘調査で、画紋帯神獣鏡1面、三画縁神獣鏡33面が出土し、一躍有名になりました。
国の史跡に指定され、古墳周辺は公園として整備され、隣接して黒塚古墳展示館が建築されています。

黒塚古墳
Rimg3778w800黒塚古墳後円頂上
北 前方林は大和神社
Rimg3782w800南 前方はるかに
大和三山
Rimg3787w800

黒塚古墳展示館
竪穴式石室復元模型
Rimg3788w800発掘時の説明
Rimg3804v800

画文帯神獣鏡
Rimg3800w800三画縁神獣鏡
7号鏡
Rimg3792w80015号鏡
Rimg3795w800
展示説明によると、三画縁神獣鏡7号鏡には、象やラクダなど異国の動物たちが表現されており、三画縁神獣鏡15号鏡には、玄武、孔雀、鳥、魚、蟹などが見られるとのこと。
どこにいるのかな。

その後の黒塚古墳
Rimg3802w800

Rimg3803w800

黒塚古墳~池座神社~唐古・鍵遺跡~石見駅散策記は別掲予定

ドアtoドアで、26千歩

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