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2008年3月の12件の記事

2008年3月31日 (月)

庭の花たち

庭の草木たちが芽を出し花を咲かせ始めました。
ユスラウメ、3年目。今年はたくさん咲いています。
ヒュウガミズキ、2年目。初めて花をつけました。

バラ科ユスラウメ
Rimg4261w800マンサク科ヒュウガミズキ
Rimg4269w800バラ科ボケ
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キンポウゲ科レンテンローズ
Rimg4267w800ユリ科ハナニラ
Rimg4263w800キク科フキ 雌花
採れ漏れの蕗の薹
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2008年3月29日 (土)

甘樫丘東麓遺跡説明会

飛鳥歴史公園のイベント「早春の花めぐり」に参加しました。
甘樫丘東麓で、蘇我邸跡とみられる遺跡の説明会が行われていました。
昼食休憩時に、奈良文化研究所研究員の説明を聴き遺跡を見学しました。

発掘現場 説明会風景
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Rimg4233w800遺構平面図
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発掘調査
柱や溝の切込みから、建物等がすくなくとも3回建替えられたことが分かりました
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出土土器
多量の土器が出土し、7世紀のものと判明しました
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今回の調査で、最初の建物群は7世紀中頃には廃絶していることが判明し、それらが蘇我氏の邸宅とかかわる可能性が高まりました。

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飛鳥 早春の花めぐり

飛鳥歴史公園のイベント「早春の花めぐり」に参加しました。
一般参加者約40名、サポーターの里山クラブ員10数名。
説明役は、里山クラブ自然サークルのみどりの野原さん。
花木や野草を観察しながら、甘樫丘を周回しました。
何度も歩いているコースですが、見過ごしている草木、知らない野草がたくさんありました。
名前を聞いても、大部分は、すぐに忘れてしまう。
とはいえ、2~3年前に比べれば、すこしは分かる植物も増えてきたかな

甘樫丘中腹 アオモジ満開  熱心に説明を聴く参加者
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甘樫丘展望台 サクラは見頃
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展望   畝傍山    耳成山  香具山  飛鳥坐神社
山腹に花芽をつけたキリの木    
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花木
シキミ科シキミ
Rimg4196w800マンサク科トサミズキ
Rimg4197w800マンサク科
ヒュウガミズキ
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ツツジ科ミツバツツジ
雄蕊は5本
Rimg4212w800バラ科スモモ
Rimg4216w800バラ科クサイチゴ
これでも木です
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東麓の芝生広場で昼食。
菜の花畑が花盛りです。
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野草
ゴマノハグサ科ムラサキサギゴケ
Rimg4237w800シソ科カキドオシ
Rimg4249w800ケシ科
ムラサキケマン
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ユキノシタ科ヤマネコノメソウ  ネコノメソウだったかな
Rimg4244w800拡大写真 種が猫の目のようです
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甘樫丘東麓では、蘇我邸跡とみられる遺跡の説明会が行われていました。
昼食休憩時に、奈良文化研究所研究員の説明を聴き遺跡を見学しました。
別途掲載


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2008年3月27日 (木)

葛城新庄~御所 花木たち

3月27日に葛城新庄~笛吹神社を散策しました。
道筋で見かけた花木たちです。

近鉄新庄駅裏(葛城市役所横)の小公園は、白花のジンチョウゲで囲まれていました。
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畦にケリがいました。
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屋敷山史跡公園では、モクレン、ユキヤナギ、レンギョウなどが咲いていました。
サクラは多くは開花寸前ですが、満開近いサクラもありました。
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満開近くのサクラ
Rimg4119w800古墳中腹の黄花
Rimg4122w800たぶんトサミズキ
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博西神社には、ハナズオウが蕾を膨らましていました。
本殿の後ろには、アオモジの黄花が満開。
アオモジは雌雄異株で、雄花のほうが、黄色の葯が目立ち、花数も多いので、遠望すると黄色味が強くみえるのが雄株とのことです。
ハナズオウ
Rimg4134w800アオモジ
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二塚古墳にも、アオモジが咲いていました。
ニワトコも咲いていました。

アオモジ
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ニワトコ
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笛吹神社の鳥居の傍らには、神木のははかの木(ウワミズザクラ)の老木があります。
2代目用でしょうか、拝殿横に、ウワミズザクラの幼木が植えられており、蕾を出していました。
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境内階段横に、アリドオシが数本あり、蕾を膨らませていました。
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葛城新庄~御所 散策

なら歩楽歩楽会で、葛城新庄から屋敷山古墳、二塚古墳、笛吹神社古墳などを巡り、御所まで散策しました。

近鉄新庄駅集合。
駅の裏手が、柿本神社及び影現寺(ようげんじ)です。
Rimg4092w800駅裏の林が柿本神社
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柿本神社
鳥居
Rimg4095w800拝殿
Rimg4096w800本殿
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祭神は、万葉歌人の柿本人麻呂。
柿本人麻呂の生地と伝えられており、本殿の南側には郡山藩主松平信之が建てた「柿本大夫人麻呂之墓」の石碑があります。
Rimg4099w800万葉歌碑
Rimg4101w800春柳 葛城山に
立つ雲の
立ちても坐ても
妹をしそ思う
(巻11-2453)

境内の北側が柿本神社の神宮寺の影現寺(ようげんじ)です。
Rimg4103w800収蔵庫
Rimg4102w800柿本人麻呂学校
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神社北隣には「柿本人麻呂学校」があり、ときどき歌の勉強会が開催されているとのことです。
なお、天理市櫟本も、柿本人麻呂の生地であると伝えられており、柿本氏の氏寺とされる柿本寺(しほんじ)跡に歌塚があります。

柿本神社の北側の道を西に向かうと、茅葺の民家があります。
江戸時代の民家村井邸です(重要文化財、1699年棟上)。
番犬がさかんに吼えていました。
(居住中の民家につき写真撮影は控える)

新庄小学校を廻り、地図を頼りに、葛木御県神社を探します。
法林寺、慶雲禅寺を通り、住吉神社の参道を横切った先に小さな神社。
鳥居、拝殿に扁額はないが、これが葛木御県神社らしい。

法林寺
Rimg4106w800慶雲禅寺
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葛木御県神社?
Rimg4110w800鳥居、拝殿
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屋敷山古墳周辺は、屋敷山史跡公園として整備されています。
モクレン、ユキヤナギ、レンギョウなどが咲いていました。
サクラは多くは開花寸前ですが、満開近いサクラもありました。

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屋敷山古墳
Rimg4120w800説明板
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全長約135m、北向きの前方後円墳です。
5世紀中ごろのものと推定され、古代豪族葛城氏の首長の墓と考えられています。
当地は、戦国時代には、領主布施氏の館が築かれ、続いて江戸時代には大名桑山氏の陣屋が築かれていたことから、「屋敷山」と呼ばれるようになりました。

屋敷山史跡公園を横切り、西に向かうと、前方にこんもりした樹林が見えます。
博西(はかにし)神社です。
屋敷山古墳の西にあることから、「陵西」、「墓西」とも書かれます。
布施氏の氏神です。
本殿は2棟、一間社春日造の並ぶ珍しい形式です。
祭神は、北殿が下照比売命、南殿が菅原道真です。

博西(はかにし)神社
Rimg4124w800由緒
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拝殿
Rimg4127w800本殿
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淨願寺に回って、二塚古墳に向かいます。
神明神社古墳は、途中、道標を見かけたのですが、どこにあるのか辿り着けませんでした。

淨願寺
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二塚古墳、通称「銭取塚」は標高200m付近の高台に位置する北向きの前方後円墳です。
全長60m、後円部径36m、前方部幅41m、高さ10m。
1958年の発掘調査で、後円部の中心的な埋葬主体の横穴式石室のほかに、前方部と造出部にも横穴式石室が確認され、6世紀中頃の築造と推定されています。
前方部石室の扉が壊れていて、中に入ることができました。

二塚古墳
Rimg4138w800南側 後円部石室
Rimg4139w800造出部石室
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前方部石室
Rimg4149w800前方部石室内部
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布施城跡に行こうと坂道を登っていったのですが、・・・
山菜取りの地元の方から、「この先は行き止まりだよ。布施城跡は一路南側の川沿いの道だよ」と言われ、引き返しました。
一路南の分かれ道には布施城跡への道標がありましたが、布施城跡はあの高台だろうと眺めるにとどめ、置恩寺に向かいました。

布施城跡方向
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置恩寺すこし手前の奈良盆地展望  
中央 畝傍山、左に耳成山、香具山は畝傍山のかげ
手前の樹林は、屋敷山古墳かな
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置恩寺
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行基開基伝承をもつ寺院ですが、実際は、置始(おきそめ)氏の氏寺として奈良時代末から平安時代はじめにかけて建立、中世には、布施氏の氏寺として布施氏と栄枯盛衰を共にした寺院です。
平安時代作の十一面観音立像が安置されています。

置恩寺から南に向かう道沿いには、ヒガンバナがびっしりと生えていました。
ヒガンバナの花の季節に訪れたいところです。

道標はところどころにしかありません。
葛城山系と太陽をもとに、ともかく南方向を目指し、葛城山麓公園、極楽寺を経て、葛木坐火雷神社(かつらきにいます ほのいかづちじんじゃ)、通称「笛吹神社」に辿りつけました。

葛木坐火雷神社
Rimg4158w800拝殿
Rimg4162w800本殿
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神域である神山一帯には80基ほどの古墳があり、それらを総称して笛吹古墳群といいます。
笛吹神社古墳は、そのなかのひとつで、笛吹神社本殿傍らの円墳(径26m、高さ3.6m)(6世紀前半ごろの築造)で、笛吹古墳群の盟主的な存在であった人物の墓と位置付けられています。

笛吹神社古墳
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Rimg4165w800


帰路に着き、東に下ります。
県道を越えたところの左手にこんもりした樹林。
寄ってみました。
脇田神社です。鳥居の傍に塔の心礎と思われる礎石がありました。
帰ってから調べると、このあたりは、忍海氏の氏寺地光寺があったところです。
地光寺は東西2つの遺跡に分かれ、各々異なる伽藍配置で、西遺跡は「四天王寺式」伽藍配置、東遺跡は「薬師寺式」伽藍配置であったと考えられ、脇田神社の境内にあるのは、東遺跡の東塔の心礎だそうです。

脇田神社
Rimg4174w800心礎の写真は撮り忘れた

→葛城市観光協会HP > 旧新庄町エリア http://www.city.katsuragi.nara.jp/kankou/kanko/shinjo/index.html

道端のノビルを採っているうちに、先行グループが、さっさと御所駅方向に向かう。
御所駅手前の飲食店で反省会。

忍海駅近くにある、飯豊青命(いいとよの あおの みこと)が政務を執ったといわれる「角刺宮」跡といわれる角刺神社に寄れなかったのは残念だが、近鉄御所駅で、コースは違うが、近鉄あみまクラブの駅スタンプをゲット、踏破記念金バッチまであとわずか。

ドアtoドアで、23千歩。

寺社境内や公園の花木については、別掲予定。

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2008年3月23日 (日)

鴻ノ巣山~山背古道 散策

近鉄駅長お薦めハイキング「鴻ノ巣山散策と山背古道を歩く」に参加しました。
近鉄てくてくまっぷの「五里五里の里 城陽コース」とほぼ同じです。

夕方から雨の予報なので、早めに出かる。
寺田駅で地図を受け取り、出発。
最初のポイント三縁寺で写真を撮ろうとするもデジカメが動かない。
電池充電していたのだが、天候が気にかかり、電池を入れるのを忘れてきた。
2回目の失敗。
この次第で、今回の散策は、電池残量とメモリー残量を気にしながらの携帯電話での写真撮影。

城陽市役所を過ぎると、すぐに水度神社の鳥居。
参道が続く。

水度神社
1の鳥居
Sh5304242の鳥居
Sh530425拝殿、本殿
Sh530426

水度神社の裏山の鴻ノ巣山散策路を散策し、鴻ノ巣山運動公園に出る。
バンクーバー砦や長~いローラースライダーがあり、子供の喜びそうな公園。
ウメが満開、コブシが咲きはじめていた。
家族連れが大勢遊びに来ていた。

ケヤキ並木の車道沿いの歩道を歩く。
道沿いの寺の前に2人の銅像。
Sh530438
右手に筆、左手に巻紙を持って座っているのが柿本人麻呂、編み笠に杖を持って立っているのが松尾芭蕉とのこと。


途中、左に入る小路があり、「仮山背の道」の表示があるも、駅で貰った地図は車道沿いのコース。
城南病院前まで車道沿いを歩く。
住宅地に入ると、すぐに森山遺跡の公園。
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昭和51年、宅地造成中に発見された遺跡で、約4千年前(縄文時代後期)から約1400年前(古墳時代前期)までの集落跡。


JR京都線を横切り奈良街道をすこし南下すると大蓮寺。
本堂の前に、サツマイモと葉っぱの変わった墓がある。
Sh530441
青木昆陽に先立って、1716年に琉球から甘藷(さつまいも)の苗を当地に持ち帰って栽培、飢餓から人々を救ったとされる島利兵衛の遺徳を讃えて、建立されたとか


本日のコースを離れて、てくてくまっぷのコースに従い、奈良街道を北上。
国道24号線近くに古い道標がある。
このあたり、奈良まで五里、京都まで五里なので、五里五里の里と呼ばれていたらしい。
道標には、奈良まで4.5里、京都まで5里とある。
Sh530444旧奈良街道
Sh530445


国道24号を渡ってしばらく進むと、荒見神社。
Sh530446拝殿
Sh530447本殿
三間社流造
Sh530448

極楽寺から木津川堤防に登る道が工事中で通行止めとなっていた。
駅で受け取った地図とてくてくまっぷが違っていた理由がここまできてようやくわかった。
住宅地の中を富野荘駅方向に向かう。
近鉄線の下をくぐったところで、木津川堤防に登ってみる。
堤防脇に、枇杷庄天満宮と阿弥陀寺がある。
Sh530451枇杷庄天満宮
Sh530452

本日のコースは、「緑と歴史の散歩道」。
最後近くまで気がつかなかったが、道標が歩道に埋め込まれている。
Sh530453

3時までに帰宅。
雨は、夕方5時ごろから降り出した。

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2008年3月16日 (日)

初期大和王権のふるさと体験

天理市・平城遷都1300年記念事業協会主催の山の辺の道文化歴史講座「初期大和王権のふるさと体験」の2日目の現地講座に参加しました。
初日の講演会は不参加。

黒塚古墳展示館前集合です。
JR平城山駅から柳本駅にJRで行きました。
桜井線のローカル駅では運転手横のドアからしか降りられないので、今回は、奈良駅で1両目に乗りました。
現地講座参加者でしょう、柳本駅では大勢降りました。
黒塚古墳展示館前には大勢が集まり、古墳を散策したり展示館内を見学したりしていました。
先着500名様に粗品進呈とのことで、バッチやタオルを貰いましたが、最後の参加者も受け取っていたので、参加者は500名以下だったのでしょう。

黒塚古墳展示館前で、天理参考館顧問・天理大学名誉教授の近江昌司先生の講演があり、第1陣が出発。
その後、帝塚山短期大学名誉教授の青山茂先生の講演があり、第2陣出発。
三角縁神獣鏡をめぐる諸説の説明などがありました。
→黒塚古墳などオオヤマト古墳群については、2008/2/15オオヤマト古墳群を訪ねてを参照
   三角縁神獣鏡の写真もあります。

黒塚古墳
Rimg4059w800近江昌司先生講演
Rimg4056w800青山茂先生講演
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2人の講演を聴いてから、最後に出発。
国道169号沿いにイザナギ神社。国道に半分壊された天神山古墳です。

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国道を越えると、行燈山古墳(崇神天皇陵)です。手前に陪塚(ばいちょう)のアンド山古墳、南アンド古墳があります。
行燈山古墳(崇神天皇陵)での講演は、第1陣に対して行われ、後続には間に合いませんでした。
サポートするボランティアガイドは、質問者なく、手持ち無沙汰のようでした。

行燈山古墳(崇神天皇陵)
Rimg4062w800先を進む参加者たち


万葉歌碑   柿本人麻呂
Rimg4066w800 衾道を
 引手の山に
 妹を置きて
 山路を行けば
 生けりともなし


中山念仏寺を越えたところの燈籠山古墳前の上池の水面が赤っぽい。
金魚が密集していました。
池にはテグスが張り巡らせてあり、養殖池だったんだ!
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天理観光農園で昼食、休憩。
アワ餅の振る舞いがありました。

天理観光農園を出たところに、昨年と同様、ベニバナトキワマンサクが咲いていました。
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内山永久寺跡で講師説明です。
明治初期の神仏分離令が、末端では、行き過ぎた廃仏毀釈となり、破棄された寺跡です。
拝殿1棟だけが、石上神社摂社拝殿に移築され残されています(国宝)。
神仏分離令による破壊を免れた例として、大神神社の神宮寺であった大御輪寺(だいごりんじ/おおみわでら)より十一面観音菩薩立像が聖林寺に移された事例、妙楽寺が談山神社と神社に鞍替えした事例が説明されました。
また、永久寺は創立された元号を名前とした寺ですが、同じように元号を名前とした寺として、延暦寺、弘仁寺、正暦寺などがあると紹介されました。

石上神社で最後の講演。
神体である剣をめぐる物語の説明があり、国宝七支刀(ななつさやのたち)の複製を見せてもらい、解散です。
ところで、七支刀の現物はどこにあるのだろうか。
講演では、明治時代初期に当時の宮司が神社の禁足地を発掘調査し刀を発見、調査後、再び禁足地に埋め戻したとの説明であったように思うが、・・・・
今でも禁足地の土中に保存されているのだろうか。

石上神社の神鶏
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楼門
Rimg4079w800拝殿
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2008年3月15日 (土)

蕗の薹 ウグイス初音

一昨年、採取し、庭の片隅に植えておいたフキが、芽生え、蕗の薹が膨らんできました。
真ん中に、ノビル、右下に、ニラの新芽。

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近くの公園で、今春、初めてウグイスの鳴き声を聞きました。

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2008年3月13日 (木)

花空間けいはんな サンシュユ

花空間けいはんなでのボランティアです。
このところ、園内各所にサクラなどの苗木を植樹しています。
今日は、河津桜、黄桜、ボタン桜の苗木を植樹しました。

花木園では、梅が咲き、サンシュユが咲きかかっています。
展望台途中の道脇で、カンピザクラが蕾を膨らませていました。

ウメ
Rimg4028w800サンシュユ
Rimg4032w800カンピザクラ
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2008年3月 9日 (日)

城南宮 梅

城南宮に梅を観にいきました。
近鉄竹田駅南口から1200m。
安楽壽院、北向山不動院を横切り、城南宮に向かいます。
このあたり一帯が鳥羽離宮のあったところです
近くに、白河天皇成菩提院陵、鳥羽天皇安楽壽院陵、近衛天皇安楽壽院南陵があります。

城南宮
東鳥居
Rimg3976w800拝殿
Rimg3984w800社殿
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社殿は、流造の本殿、変形入母屋造の前殿、左右に伸びる翼廊が一体となった城南宮独特の複合建築で、総檜造りです。
祭神は、国常立尊(くにとこたちのみこと)、八千矛神(やちほこのかみ)(大国主命)、息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后) の3柱です。
方除け・厄除けの神社として知られています。

庭園は、社殿の周りに、春の山、平安の庭、室町の庭、桃山の庭、城南離宮の庭と配置され、四季折々の花を咲かせます。
源氏物語の花の庭としても知られており、しだれ梅の名所です。

城南宮 神苑(楽水苑) 
春の山
Rimg4006w800しだれ梅は5分咲き、見頃でした
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しだれ梅
Rimg4003w800Rimg4000w800Rimg3995w800

平安の庭
秋の景色が格別とのことです
Rimg4010w800室町の庭
Rimg4017w800池泉廻遊式庭園です
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城南離宮の庭
Rimg4024w800枯山水の庭園です
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2008年3月 2日 (日)

ジャガイモ 植え付け

アグリロードうたひめの作業日です。
先々週は石灰撒き、先週は肥料混入と、ジャガイモ用の畝作りをしてきました。
今週は、ジャガイモの植え付けです。
昨年は3月18日でした。
ダイズは連作ができないため、前年、大豆を植えた畝には、マメ科以外の野菜を植えます。
今年は、空いた畝に、ホウレンソウ、ニンジンの種も蒔きました。

昼から、我が家の菜園にも、ジャガイモを植えました。
昨年は3月7日でした。
ブロッコリーを少し収穫しました。
タマネギの苗が育っています。
レタス、ミズナは、1~2月の寒さで、消滅。
ナバナは生き残っていますが、まだ蕾が伸びていません。
タマネギ周りの土を軟らかくしてやろうと竹串で苗の周りを突いたら、ところどころにモグラ?のトンネルがありました。
見つけたトンネルは潰したのですが、モグラ?はすぐに修復するのかな。

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2008年3月 1日 (土)

立木観音~富川磨崖仏 バスツアー

大和路散策会の3月例会で、大津市石山南郷の立木観音、岩間寺、大津市大石富川の春日神社・常信寺、富川磨崖仏を観て周りました。
前日のアスカ散策の疲れが残っていたのですが、バスツアーなので、各ポイント間はバス移動で、あまり歩かないだろうと、参加したのですが・・・
立木観音の700余段の階段の登り降りには、疲れた。

春日神社の別当寺常信寺では、重要文化財の釈迦三尊坐像(釈迦如来、騎獅文殊菩薩、騎象普賢菩薩)を拝観させてもらいました。
釈迦三尊坐像は、胎内を内ぐりしたのちに漆箔(漆を塗って金箔を貼る)されている12世紀(平安時代後期)の秀作です。

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