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2008年6月 1日 (日)

古市~藤井寺 南河内古墳めぐり

近鉄駅長お薦めフリーハイキング「古代ロマンあふれる南河内古墳めぐり」に参加、古市古墳群の誉田山古墳、大鳥塚古墳、古室山古墳、中ツ山古墳、市野山古墳、津堂城山古墳、岡ミサンザイ古墳を巡りました。

古市駅で、コース案内図を受け取り、近鉄てくてくまっぷ「羽曳野・藤井寺 史跡・古墳コース」と対比。高鷲丸山古墳を除いた短縮コースです。
古市駅東側の白鳥神社に立ち寄り、誉田(こんだ)八幡宮を目指します。

白鳥神社前の常夜灯
Rimg5156w800東高野街道沿いの常夜灯
Rimg5160w800東高野街道碑
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(古墳の説明等は、コース案内図、各所の説明板、Web等を参考にしていますが、まちまちの説明があり、どれが正しいのか判りません。たぶん信頼できるだろうと思われるほうを記述していますが、間違っているかもしれません。)

東高野街道を北上すると、誉田八幡宮です。
祭神は、応神天皇(誉田別尊(ほんだわけのみこと))、仲哀天皇、神功皇后です。
毎年9月の大祭に、神興が、境内にある太鼓橋を渡って、隣接する誉田山古墳(応神天皇陵)の後円部頂上の御堂にお渡りして盛大な祭礼が行われてきたそうです。今は陵の濠の手前まで。

誉田八幡宮
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誉田山古墳(応神天皇陵)への太鼓橋
Rimg5170w800放生橋 普段は閉鎖
Rimg5169w800秋の大祭の夜、神輿が渡り、陵の濠の手前で神事


誉田山古墳の東側を回り、誉田山古墳の正面に出ます。
誉田山古墳の正面の手前(北東)に全長約110mの前方後円墳があります。
大鳥塚古墳です。
Rimg5173w800説明板
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誉田山古墳(恵我藻伏岡陵(えがのもふしのおかのみささぎ) 応神天皇陵)は、全長415mの前方後円墳で、墳丘長では486mの大仙古墳(仁徳天皇陵)に次ぎ日本第2位、体積では143万立方メートルと日本一です。
5世紀前半の築造と考えられています。

誉田山古墳正面入口 通路左の林も古墳:誉田丸山古墳
Rimg5174w800誉田山古墳(応神天皇陵)
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西名阪自動車道の高架を潜ると、古室山古墳です。
全長約150mの前方後円墳です。
出土した埴輪の特徴から、5世紀前半の築造と考えられています。
案内図に「上に上れば360度眺望できます」とあるので、登ってみました。
東方、二上山が展望できますが、その他は、樹木に邪魔され眺望できませんでした。

古室山古墳
Rimg5178w800説明板
Rimg5177w800後円墳上から
東方 二上山
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小室山古墳を北側に降り立つと、中ツ山古墳です。
全長約290mの前方後円墳で、古市古墳群で2番目、全国でも10番目の大きさです。
出土した埴輪の特徴から、古市古墳群の巨大前方後円墳では、津堂城山古墳に次いで古く、5世紀前半の築造と推定されています。
宮内庁によって、仲津媛(応神天皇皇后)の陵墓に治定されています。
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道明寺に向かう途中の住宅地に、三ツ塚古墳の説明板がありました。
Rimg5183w800昭和53年に大きな修羅が出土し話題になったところです。
大修羅は、PEG保存処理され、大阪府立近つ飛鳥博物館で展示公開されています。


道明寺駅手前に、道明寺と道明寺天満宮があります。
このあたりは、菅原氏の祖先に当たる野見宿禰の所領地であり、野見宿禰の遠祖である天穂日命を祀る土師神社があったそうです。
仏教伝来後、聖徳太子の発願により土師寺が建立されました。
菅原道真の死後、道真が寺に残した木像を祀り、道真の号「道明」を採って道明寺と改称されました。
明治の神仏分離令により、道明寺天満宮と道明寺に分けられ、道明寺は道を隔てた隣の敷地に移転しました。
道明寺天満宮の南側に、当初の土師寺跡である五重塔心礎や礎石が残っているとのことですが、案内図に記載なかったので、残念ながら見落としてしまいました。
道明寺天満宮の祭神は、菅原道真、天穂日命と、菅原道真のおばに当たる覚寿尼です。
本殿は本殿・弊殿・拝殿の構造からなる権現造りで建てられています。
すこし早いが、天満宮の休憩所で昼食。

道明寺山門
Rimg5185w800本堂
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道明寺境内
木槵樹(もくげんじ)
Rimg5189w800菩提樹
Rimg5190w800菩提樹の蕾
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道明寺八幡宮
Rimg5193w800本殿
Rimg5197w800本殿裏の梅林
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境内に、さざれ石がありました。
Rimg5195w800白亜紀後期(約七千年前)の和泉層礫岩です。
悠久の歳月の間に多くの小石が寄り集まってできたもので、河内長野市滝畑から平成の御大典記念として移されたものです。


道明寺と道明寺天満宮の間の道を通り、土師ノ里駅方向に向かいます。
土師ノ里駅で近鉄を渡ると、市野山古墳です。
全長227m、古市古墳群では4番目の規模を誇る前方後円墳です。
出土した埴輪の特徴から、誉田山古墳より新しく、岡ミサンザイ古墳より古い5世紀後半に造られたと考えられています。
宮内庁によって、允恭天皇陵に治定されています。

市野山古墳(允恭天皇陵)
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津堂城山古墳まで、2.5kmほど歩きます。
途中、大水川(おおずいがわ)沿いは、大水川散策公園になっています。
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津堂城山古墳は、墳丘の長さ208mの前方後円墳で、4世紀後半の築造と見られ、古市古墳群の中でも初期の古墳です。
中世には、小山城が築かれていました。
明治初期の天皇陵の治定作業では陵墓とされませんでしたが、1912年に、後円部の墳丘から堅穴式石室と長特形の石棺が発見されるともに、鏡や撤などの副葬品が多数出土しました。
1980年、1983年の発掘調査で、造り出しや二重の周濠、石葺の外側堤の存在が確認され、周濠内の前方部左右近くの島状遺構(方墳形の祭壇)からは3体の水鳥形埴輪が出土しました。
このほかにも衝立型や家形・盾形・衣蓋形、靫型の埴輪、円筒型など多彩な形象埴輪が発見されています。
これらのことから、大和から河内へと古墳築造が移った初期の大王の陵墓ではないかと考えられています。
現在、宮内庁は、後円部墳丘の頂上部を陵墓参考地として管理しています。
春には桜、6 月には花しようぶ、秋にはコスモスが咲き乱れます。

城山古墳花しょうぶ園
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史跡城山古墳後円部
Rimg5211w800説明板
Rimg5210w800八幡神社
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産土神社、小山善光寺を観て、藤井寺駅で近鉄を横切ります。
てくてくまっぷは、途中で右折れし、高鷲丸山古墳、吉村家住宅を巡りますが、今日のコースは、そちらには寄らず、葛井寺、岡ミサンザイ古墳、辛国神社と周ります。

葛井寺(ふじいでら)は、天平の千手観音で知られる、西国三+三ケ所第五番札所です。
豊臣秀頼が再建した朱塗りの四脚門や寛政年間の南大門などが有名です。
疲れてきたので、境内でしばし休憩。

葛井寺西門 四脚門
Rimg5217w800南大門
Rimg5222w800境内
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岡ミサンザイ古墳に向かう途中に、船と修羅の形をデザインモデルとした建物があります。
アイセルシュラホールで、2階に、藤井寺の歴史を時代順に解説した展示コーナーなどがあります。
休憩を兼ねて、他に観客のいない展示を観て回りました。

アイセルシュラホール
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岡ミサンザイ古墳は、全長242mの前方後円墳です。
宮内庁によって仲哀天皇陵と治定されていますが、出土埴輪の特徴が、允恭天皇陵に治定されている市野山古墳のものより新しいことなどから5世紀末造営と考えられ、仲哀天皇とは時期が合いません。
雄略天皇陵という説もあります。

岡ミサンザイ古墳
Rimg5228w800Rimg5229w800仲哀天皇陵
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なお、雄略天皇は、丹比高鷲原陵(たじひのたかわしのはらのみささぎ)に葬られ、宮内庁は、高鷲丸山古墳(円墳・径76m・島泉丸山古墳ともいう)に治定しています。また、河内大塚山古墳(前方後円墳・全長335m)とする説もあります。

岡ミサンザイ古墳の周りを回り、辛国神社に立寄ります。
日本書紀に、『雄略十三年春三月、餌香長野邑を物部大連に賜う』とあります。餌香長野邑は、旧藤井寺町のあたりと思われ、この地方を治めることになった物部氏が、その祖神を祀る神社をつくり、その後、辛國氏が祭祀をつとめ、辛國神社と称するようになったとのことです。
祭神は、主殿が、饒速日命(にぎはやひのみこと)(物部氏の祖神)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、素盞鳴命、左殿に品陀別命(ほむだわけのみこと)(応神天皇)、右殿に市杵島姫命です。

辛國神社
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藤井寺駅から帰りました。

ドアtoドアで24千歩
約10kmのコースでしたが、古墳周りを周回したり神社境内を歩き回ったりしたので、かなりの距離となり、疲れた

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