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2008年7月の7件の記事

2008年7月19日 (土)

石見~但馬 三宅の原 散策

大和路散策の会の7月例会です。
近鉄石見駅から但馬駅まで、三宅の原を散策しました。

石見駅集合。
暑さ厳しい時季なのに、参加者多数。

三宅町には、石見、三河、但馬の国号が地名として残っています。

石見集落は、集落防衛のため、道が、行き止まりやL字型やT字型などとなっています。
石見集落の稲名寺、鏡作神社を拝観しました。

稲名寺
浄土宗
本尊 阿弥陀如来坐像、左右に観音、勢至の両脇侍
Rimg5848w800本堂
Rimg5851w800本堂内
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鏡作神社
Rimg5854w800鳥居 拝殿
Rimg5855w800本殿
Rimg5858w800

本殿は、春日造3棟。
主祭神は、この地に居住した鏡の鋳造を業とした鏡作部の氏神石凝姥命(いしこりどめのみこと)ですが、他の2神は誰だろう?
この神社からは、冬至の日に三輪山頂上から朝日が出て、二上山鞍部に夕日が沈みます。
鏡作神社は、三宅町から田原本町にかけて、いくつかあり、田原本町八尾の鏡作坐天照御魂神社が本社といわれていますが、石見の鏡作神社こそが本社でなかったかという説もあるそうです。

⇒神奈備にようこそ http://kamnavi.jp/index.htm > 物部氏ホームページ > 物部氏ゆかりの神社を訪ねて > 石見鏡作神社 http://kamnavi.jp/mn/nara/iwamika.htm
⇒ZOUのイメージ歴史館 >http://www1.kcn.ne.jp/~ganes-z/image/index.html > おとぼけた神社情報室 > 鏡作神社(石見) http://www1.kcn.ne.jp/~ganes-z/image/kagami-iwami.html 

石見駅に戻り、近鉄を横切り、屏風の杵築神社に向かいます。
炎天下、木蔭のない田圃道を半時間。
裏側から杵築神社に入ります。
杵築神社でしばし休憩。

屏風の杵築神社
Rimg5866w800拝殿
Rimg5865w800本殿
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神社前の道が、聖徳太子が斑鳩宮から小墾田宮に通ったといわれる太子道です。
このあたりの太子道は、昨年7月に散策したところです。
2007/7/11 太子道 散策

太子道沿いには、聖徳太子ゆかりの伝承が残っています。

杵築神社境内
屏風の清水
聖徳太子が弓を地に打つと冷水が湧き出たと伝わる湧き水
Rimg5863w800白山神社境内
駒つなぎの柳 聖徳太子が馬をつないだ
Rimg5867w800参照 昨年7月撮影
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太子道を行く
Rimg5873w800由緒ありそうな大樹
Rimg5871w800神木?
説明標示なし
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伴堂(ともんど)杵築神社
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融観寺で、本尊十一尊天徳如来像(平素は秘仏)および聖観音像を拝観しました。
寺の前には、33観音石仏があり、この石仏のお参りで、33観音巡りのご利益が得られるそうです。
明日が三宅町長選挙投票日とのことで、33観音石仏の前で、候補者が演説をしていました。

融観寺
融通念仏宗
Rimg5879w800境内 無縁塔
Rimg5881w800本堂
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融観寺前
33観音石仏
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このまま太子道を進むと、黒田駅ですが、西に向かい、保健福祉施設あざさ苑のところで南折れし、飛鳥川の堤防を歩きます。

飛鳥川
船つき橋
Rimg5893w800上流           下流
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近鉄線を横切り、2つ目の橋で右折、但馬集落に入っていくと、またまた杵築神社です。

但馬杵築神社
Rimg5895w800拝殿
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石造十三重塔
鎌倉時代元応元年(1319)
三宅村で最も古い石造物
Rimg5901w800説明
Rimg5898w800塔身初軸4面に
金剛界4仏
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昼食休憩後、但馬駅に出て、解散。

ドアtoドアで、12千歩

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2008年7月18日 (金)

アスカ 歴史サークル7月例会

飛鳥里山クラブ歴史サークル7月例会です。
12期生担当で、甘樫丘周辺史跡を巡りました。

早朝は集中豪雨的な大雨でしたが、家を出るころには、小雨となり、橿原神宮前駅に着いたときには、雨はあがっていました。
橿原神宮前駅でピックアップしてもらいます。
甘樫丘豊浦休憩所前に集合。
早朝の大雨のためか、参加者はやや少なく16名。

豊浦宮跡・豊浦寺跡、甘樫坐神社、小墾田宮跡、雷丘、明日香村埋蔵文化財展示室、石神遺跡・水落遺跡、飛鳥寺跡、入鹿首塚、明日香民俗資料館、飛鳥池遺跡(県立万葉文化館)を観て回りました。
民俗資料館で、亀形石造物や酒船石遺跡の説明ビデオを観ることで、亀形石造物、酒船石遺跡は、暑さとやぶ蚊を避けるため、省略しました。

豊浦宮跡
Rimg5823w800難波池
Rimg5826w800石神遺跡を行く
右前方 甘樫丘
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石神遺跡・水落遺跡の説明を受け持ちましたが、説明がとびとびとなったり、前後したりで、説明するのは難しい。
やはりキッチリしたレジメを作っておくべきだったか。
参加者の大部分は、私より、よく知っている人たちなので、とびとびの説明でも、理解はしてもらえただろうけど、初めての観光客には理解してもらえないだろうと反省。

明日香村埋蔵文化財展示室駐車場で解散。
暑さでぐったりしていたので、カキ氷を食べに行こう、と、同期3名で、氷マークを探し回ったのですが、
公園館対面の駐車場の店には氷の旗が立っていましたが、本日休業。
なかなか見つからない・・・
ようやく橿原神宮前に氷マークを見つけ、カキ氷にありつけました。

橿原神宮前駅~明日香村埋蔵文化財展示室駐車場間が往復とも車だったため、
歩数は、ドアtoドアで、12千歩

各遺跡などの写真、説明は、
2008/7/4 下見会

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2008年7月15日 (火)

伊勢本街道 御杖~奥津(続き)

土屋原の旅館を朝7時に出発しました。
春日神社の前を通り、桜峠に向かいます。
桜峠近くで、国道に合流しますが、道標に従い、左折れすると、峠の山道です。

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山道を進むと、前方にモダンな建物。御杖小学校の裏手に出ます。
Rimg5709w800宿直当番?の先生が校門前におられ、登校の小学生を待ち受けていました。
7時半過ぎ、早くも子供たちが登校してきます。

再び国道に出ますが、すぐに、旧道に入り、集落を進みます。
Rimg5714w800国道沿いに御杖村役場が見えてきました。
国道に出て、役場に寄ります。
Rimg5715w800トイレ休憩。
幹事は、御杖村周辺の地図を貰いました。


国道を離れ、天保3年の常夜燈を過ぎ、
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道標に従いしばらく進むと、四社神社です。
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名張川支流の菅野川沿いに下ります。
神末方面への分岐で、橋を渡り、牛峠への登りです。
Rimg5727w800牛峠
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牛峠で国道を横断し、右手の下り坂を神末集落へ下りて行きます。
神末集落に入り、伊勢本街道は左折れですが、右折れして、御杖神社に立寄ることにしました。
神社境内は、ごみ一つ落ちておらず、前日に祭りが行われていたとは思えません。
境内で休憩していると、氏子の方が来られたので、祭りの話などをお伺いしました。
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神末集落の常夜燈
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神末川(名張川支流)沿いに下り、神末集落外れのT字路で右折し、敷津に向かいます。
ゆるやかな登りです。
六十六部供養碑道標、首切地蔵がありました。
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下り道になります。峠の表示は見当たりませんでしたが、ここが、佐田峠のようです。
国道(旧国道?)と分かれて、田畑のなかの道を進みます。
左の細い道に国道369の標示があった
Rimg5754w800前方の山は何山だろう?
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敷津集落に入ると、道沿いに「倭姫の手洗井戸」や「夫婦岩」や「弘法の井戸」などの標示が目に付きます。

倭姫の手洗井戸
Rimg5757w800夫婦岩
Rimg5758w800弘法の井戸
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古い標示で、説明文は殆んど読み取れませんし、その史跡が何処にあるのかも判然としませんが、この道は、記紀の神話の世界で、天照大神を祀る場所を求めて倭姫が旅した道だし、中世には弘法太師も旅しただろうから、これらの伝承があるのでしょう。

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2008年7月14日 (月)

伊勢本街道 御杖~奥津

7月14日~15日、シニア5名で、伊勢本街道を、御杖村土屋原から伊勢奥津(おきつ)まで散策しました。
昨年10月10日に、山粕~御杖を散策しましたが、今回は、その続きです。
2007/10/10 伊勢本街道 鞍取峠越え

初日は、土屋原のまつや旅館泊りです。
昼からの出発。
榛原から奈良バスで掛西口まで乗ります。
掛から土屋原まで散策予定でしたが、奈良バスを降りると、待ち受けていたように、御杖村の村民バスが来ました。
運転手さんに声を掛けられ、バスに乗ることにしました。200円。
今夜は御杖神社の祇園祭ですよとか、姫石の湯の案内を聞いているうちに、まつや旅館前。

見事な松の木です   庭には、山野草の盆栽がいっぱい
Rimg5686w800Rimg5687w800Rimg5685w800

周辺を散策。
春日神社のラッパイチョウ。注意深く枝葉を見たのですが、今回もラッパ状の葉は見つかりませんでした。
銀杏がたくさん実っていました。
青い実が、たくさん落ちていましたが、
銀杏特有の臭いがしない。

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風呂を浴び、6時過ぎから夕食。
他に客はなく、食堂借りきりの宴会です。

翌朝は、7時出発です。
日が昇ると、暑さが厳しい。
途中で何回も休憩を取り、13時前に、無事JRいせおきつ駅に到着。
13:37発のワンマンカーで松阪に出て、近鉄急行で、大和八木に戻りました。
(続く)


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2008年7月 5日 (土)

ダイズ定植

農業サークル「アグリロードうたひめ」で、ダイズの苗を定植しました。
⇒アグリロードうたひめ ブログ http://blog.goo.ne.jp/agriroad_utahime

我が家の畑にも、枝豆用にダイズの苗を植えました。

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2008年7月 4日 (金)

甘樫丘周辺地区歴史探訪下見会

飛鳥里山クラブ歴史サークルの7月例会(7月18日)の下見会に参加しました。
参加できない予定だったのですが、急遽、参加できるようになり、朝、下見会世話役に電話連絡しての参加です。
橿原神宮前駅でピックアップしてもらい、歴史公園館で待っているメンバーもピックアップし、甘樫丘に向かいます。
豊浦休憩所前で集合。
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豊浦休憩所は改装工事中。殆んど完成のように見受けられるが、リニューアルオープンは来春!?だとか。


豊浦宮跡では、豊浦寺跡に建てられている向原寺の住職さんから、丁寧な説明を受けました。

豊浦宮跡碑 民家の前にあります
Rimg5616w800向原寺
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豊浦宮・豊浦寺遺跡
向原寺の庫裡の建替えに際しての調査で発掘されました
住職さんの説明を聴く
Rimg5641w800遺構
Rimg5644w800柱跡
柱を移設した跡
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甘樫坐神社
江戸時代?に甘樫丘のどこかから当地に遷座

本殿は3棟だが、祭神は?
Rimg5835w800(7月18日撮影、追加)
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境内の巨石  用途不詳
Rimg5646w800「日本書紀」によれば允恭天皇4年(415)、氏姓制度の混乱を正すため、甘樫の神の前で盟神深湯(くがたち)を行ったとのことです。
毎年4月第1日曜日に、この石の前で「盟神深湯神事」が行われます。


豊浦宮跡で時間をとり過ぎたので、小墾田宮跡推定地の古宮遺跡を前方に眺めて、雷の丘に急ぎます。

古宮遺跡  (写真は7月1日に豊浦駐車場で撮影)
Rimg5638w800説明板
Rimg5637w800このあたり、小墾田宮跡推定地ですが、宮殿跡とみられる遺構はこれまでのところ発掘されていません。
一方、雷丘東方遺跡から、「小治田宮」と墨書された土器が発掘されています。そのあたりに奈良時代末の淳仁朝の小治田離宮があったのではないかとみられています。
推古朝の小墾田宮がどの辺りにあったかは、まだわかっていません。

雷丘東方遺跡図  
Rimg5647w800明日香村埋蔵文化財展示室の説明図
赤色箇所が、「小治田宮」と墨書された土器が発掘された井戸跡


明日香村埋蔵文化財展示室のあたりから北東にかけて、斉明朝時代に迎賓館があったとみられる石神遺跡です。
その南に接して水落遺跡があります。
(石神、水落は、遺跡所在地の小字名です)

水落遺跡
Rimg5635w800説明板
Rimg5634w800遺構図
Rimg5636w800

基礎が強固な5列5行の24個の柱礎石と、中央に、漆塗りの板を置いた漆が付着した石が発掘され、中央から東方、西方、北方に向けて木樋の跡、上方、北方に向けて銅管が見つかっています。
日本書記660年条記載の漏刻(ろうこく)の跡だとみられています。
しかし、漏刻とすれば、なぜ24本の太い柱の構造物が必要なのか、3方への木樋や銅管は何か、立地が当時の宮殿の北方で離れすぎているのでないかなどの疑問が生じます。
あれこれ話し合っていると、通りすがりのおじさんが割ってこられ、いろいろな説とそれぞれの説の問題点を解説してくださいました。
石神遺跡の庭園の噴水に水を供給する装置説、天文台説などがあるようです。
地上建物の遺物が何ら見つかっていないのですから、すべては推測です。
今後、周辺の発掘調査によっては、通説が変わるかもしれません。

そのおじさんには、飛鳥寺の北端の位置(水落遺跡北端の真東)や入鹿首塚の由来なども教えていただきました。

入鹿首塚
Rimg5652w800水輪が逆さなのか!
Rimg5651w800五輪塔
下から、地・水・火・風・空

水輪が逆さまであり、また、火輪のバランスが悪く、2基の五輪塔のパーツが混同して組み立てられているとみられています。

日照が強く、日向での立ち話は疲れます。
飛鳥寺跡に建つ安居院境内でしばし休憩。

万葉文化館園内の飛鳥池工房跡地を観て、最後のポイント酒船石遺跡及び酒船石に向かいます。
酒船石周辺は竹やぶで、ちょっとの間に、みんな蚊に咬まれてしまいました。

酒船石
Rimg5633w800酒船石遺跡
2kmほど続く石垣です
この丘全体が斉明朝時代の人工物!
Rimg5632w800説明板
Rimg5631w800

万葉文化館に戻り、喫茶で、18日本番の打ち合わせ。

駐車場に戻り、橿原神宮前駅まで送ってもらいました。

ドア to ドアで11千歩。
歩いた距離はそれほどでなかったが、前日に続きこの夏最高の暑さと日照りで、ぐったりの、しかし、充実した下見会でした。

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2008年7月 1日 (火)

飛鳥 甘樫丘

飛鳥里山クラブ森づくり隊の定例作業日です。
甘樫丘周辺の歴史探訪を兼ねて、出かけました。
いつもは近くを素通りしている豊浦宮跡を確認し、甘樫丘を登ります。
アジサイやネムノキの花が咲いています。

アジサイ
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ネムノキ
Rimg5620w800
Rimg5621w800

森づくり隊は、南の丘で草刈り作業をしていました。
クズの除去や密集しすぎている枝葉の剪定を手伝いました。

Rimg5623w800この草花は何だろう?


昼食、作業終了後、森づくり隊の面々と別れて、歴史探訪です。
飛鳥京苑池遺構から酒船石遺跡、飛鳥寺跡、水落遺跡・石神遺跡を巡り、雷の丘の間を通り、古宮遺跡を確認しました。

飛鳥川沿いに、弥勒石
Rimg5625w800弥勒仏? 条里標識石? 飛鳥川の堰石?
Rimg5624w800説明板
Rimg5626w800

このあたり、飛鳥京苑池跡
Rimg5629w800
Rimg5628w800
Rimg5627w800

伝飛鳥板蓋宮跡からの展望
左~中央 甘樫丘、右後方 耳成山、右 香具山
R5630w1000

(その他の写真は、7月4日アスカ歴史サークル下見会の記事に掲載)

疲れていたので、バス停豊浦駐車場(古宮遺跡)から橿原神宮前駅までバスに乗ろうかなとも思ったのですが、明らかに私より年配のハイカーが前を歩いていくので、歩くことにしました。
和田廃寺跡、大野丘北塔跡の傍らを歩いたのでしょうが、場所の確認はできませんでした。 

ドア to ドア で、19千歩。

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