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2008年11月22日 (土)

山辺の道・北道を考える 

青垣サロン&寧楽文化講座と山辺の道・北道を考える会との共催のシンポジウム「山辺の道・北道を考える」を聴講しました。
前者は、第31話、後者は、第3回となっています。
両者とも、初めて聞く団体です。
奈良市北部会館においてあったビラで、開催を知りました。
ビラでは、誰でも参加できるシンポジウムかどうか、聴講料がいるのか無料なのかなど、分からなかったのですが、出かけてみました。
受付で、「ハガキがありますか」と聞かれ、「ありません」と応えると、その場で参加名簿に名前記入を求められ、入場、資料代500円。(やはり事前に参加申込が必要だったのだ)

講師
青 山 茂 帝塚山短期大学名誉教授 奈良学
水野正好 奈良大学名誉教授  考古学
近江昌司 天理大学名誉教授  歴史学
調整
辻 中 昊 元天理市文化財保存審議委員

先生がたの基調講演
青山先生「海外を見据えた大和の古道」
水野先生「山辺の道・上つ道の王都と古墳のロマン」
近江先生「弘仁寺、正暦寺、白毫寺」
のあと、小休憩を挟み16:30まで討論会なのですが、・・・

ビラには、日時13:30~15:30とあったので、後の予定を組んでいました。
各40分の先生がたの講演が終わったところで、すでに3時40分。
小休憩で退席、残念ながら、肝心の討論会を聞くことができませんでした。

青山先生「海外を見据えた大和の古道」
日本書紀の関連記事をもとに、山の辺の道は、「三輪山麓の磯城の宮都から青垣の東山麓を北上、奈良坂を越えて、それで終わっているのではない。この道は、木津川筋を下り、巨椋池から淀川筋に合流して、やがて、難波津から海外に拓かれた道であるからこそ、大きな意味を持った古道なのだ」と主張

水野先生「山辺の道・上つ道の王都と古墳のロマン」
「倭国女王ヒミコの都は、邪馬台国大和郷、大和神社の地(上つ道沿い)にあった、崇神・垂仁・景行天皇の都も上つ道上に営都されている。初期の前方後円墳も、この2つの道を利用して築かれていく、とすれば(山辺の道、上つ道は)ヒミコ女王以前に存したのではないか」とロマンを語る

近江先生「弘仁寺、正暦寺、白毫寺」
「9~10世紀の山辺の道北部の山地は、修行僧によって仏教の聖地になぞらえるようになり、あの世への入口にもなる。そこに末法思想が展開し極楽往生を願って寺院が作られ、古くからの寺院は祈祷の堂宇に改変される。」と、弘仁寺、正暦寺、白毫寺の縁起を資料を基に説明

次回講演は、青垣サロン&寧楽文化講座Webによると、H21. 1.24(土) 13:30~15:30

→青垣サロン&寧楽文化講座 http://www.geocities.jp/aogakisaron/
→とし坊の「大和の古墳探索」 山辺の道Ⅱ http://www.aa.alpha-net.ne.jp/takeoka7/page007.html

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