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2010年1月の6件の記事

2010年1月23日 (土)

山焼き

1月15日だった若草山の山焼きが、祝日法の改正で、年によって異なる日(成人の日の前日)となり、昨年は、大学入試センターのリスニング試験を避けるため、第4土曜日となりました。
今年も、第4土曜日。
花火は、例年の3倍、600発。

平城宮跡に向かう途中で、花火が上がり始めました。
水上池畔から山焼き観賞。
今年は、枯草がよく乾燥しているためか、勢いよく燃え上がりました。

水上池から
Dscn1117

手振れ防止つきのデジカメですが、夜間モードには、手振れ防止が効かないようで、ズーム写真はブレがひどい。
三脚がないと見栄えのよい撮影は無理のようです。

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2010年1月18日 (月)

檜前遺跡群

飛鳥里山クラブ歴史サークル1月例会です。
檜前遺跡群を訪ね、学芸員の説明を受けました。

檜前寺跡
Dscn1084檜前寺配置図(説明板)
Dscn1086

北 講堂跡
Dscn1087中門跡 西向き
Dscn1095南 金堂跡
Dscn1098_2

講堂跡 礎石  眼下に発掘現場、かなたに 装い新たな高松塚
Dscn1094

檜前寺跡の説明の後、昨年発掘調査した檜前寺跡南西尾根沿いの遺跡の説明を受けました。
飛鳥時代後半の掘立柱建物群跡が発掘され、東漢氏に関わる施設の一部と考えられています。

昼からは、公園館会議室で、新年互礼会兼来年度活動計画の検討会です。
4月、5月は、公園館の催す一般参加イベント協力、6月以降は、月例会原則第3水曜日とし、おおまかな行先を決めました。

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2010年1月16日 (土)

山崎~天王山

大和路散策の会1月例会で、山崎の宝積寺(ほうしゃくじ)を訪ね、天王山を散策しました。
宝積寺は、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が建立したと伝えられる乙訓地方きっての古刹です。

JR山崎駅集合。参加者29名。
駅前に、離宮八幡宮、妙喜庵があります。
離宮八幡宮は、嵯峨天皇の離宮跡に勧請された八幡宮です。
当地は、荏胡麻油生産の発祥地で、中世には、当地の油座が全国の油販売権を独占していたそうです。
境内に、油祖像、「本邦製油発祥地」の碑がありました。
Dscn1019油祖像
Dscn1018「本邦製油発祥地」
Dscn1020

妙喜庵には、国宝の茶室「待庵」がありますが、1月20日まで閉鎖中で、拝観できませんでした。

JR線を渡り、宝積寺まで急坂を登ります。
山門の仁王さんが迎えてくれます。
Dscn1030「一夜の塔」 三重の塔
山崎の合戦で勝利した秀吉が戦勝記念に一夜にして建立したと伝わる
Dscn1033本堂
Dscn1037

本堂本尊の十一面観音は、節分会終了まではお休みで、それまでは、小槌宮の大黒様が取り仕切っています。
小槌宮には、聖武天皇が竜神から授けられたという「打出」と「小槌」が祀られています。
また、昔々、大坂からおわんの船で淀川を上ってきた一寸法師は、この寺で修行し、京に鬼退治に出かけたとのことです。
当寺は、眷属を伴った閻魔像でも有名です。
閻魔堂の閻魔大王及び眷属御影を拝観しました。

宝積寺から天王山を登ります。
天王山中腹、酒解神社の大きな鳥居の脇に旗立松。
山崎の合戦で、秀吉が味方の士気を高めるため老松の樹上高く千成ひょうたんの旗印を掲げたところ、戦局に大きな影響を与え勝利を収めたといわれています。
旗立松展望台に、大きな「秀吉の道」陶板画が2枚ありました。
ハイキングコース沿いに、秀吉天下取りの物語が、作家堺屋太一さん監修、日本画家岩井弘さん原画で作成された陶板画6枚が展示されているそうです。
6枚もあったかな。
しばらく登ると、十七士の墓がありました。
Dscn10521864年、禁門の変の戦いに敗れた真木和泉守以下17名の墓です。
長州藩士といわれているが、出身地は、九州各地です。

小さな社がいくつかあり、酒解神社本殿に辿り着きます。
自玉手祭来酒解神社
たまでより まつりきたる さかとけじんじゃ
と読みます。
祭神は、説明書きには、酒解神、素戔嗚命他九柱とある
酒解神はどのような神様なのだろうか。
本殿手前の神輿倉が、わが国最古の板倉造りだそうで、重要文化財に指定されています。

酒解神社本殿(神殿はこの中なのかな)
Dscn1057重文 神輿倉 最古の板倉造り
Dscn1056Dscn1068

天王山に登頂。
三角点は見当たりませんでした。
Dscn1062頂上 270m
Dscn1061頂上広場で昼食。
小雪がぱらついてきました。

小雪は止み、再び晴れわたりました。
しっとり濡れた落ち葉に滑らぬよう、注意して下山です。
観音寺(山崎聖天)に下りました。

観音寺(山崎聖天)
Dscn1075今日が初聖天
Dscn1076境内で、お汁粉を振舞っていました。
冷えた体に、おいしい暖かさでした。

大山崎町歴史資料館に寄り、妙喜庵茶室「待庵」レプリカや 山崎の合戦の展示などを見て、解散。

歩いた距離は4キロほどだったが、寒さのなか、天王山の登り下りは、けっこう厳しかった

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2010年1月14日 (木)

奈良県下の古墳

奈良県には、現在、約12,600ヶ所近くの遺跡があるそうです。
「奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブック」によると、そのうち、古墳が8,003基(古墳状の隆起を含めると9,203基)です。
公式テキストに載っているのは、そのうちの一部に過ぎませんが、たぶん、主な古墳が網羅されているのでしょう。

奈良検定受検に際し、生駒~葛木~五条にかけての古墳を、グーグルマップにプロットしました。

生駒~葛木~五条にかけての古墳

山の辺の道や磐余の古墳は、それぞれ散策に際して散策地図にプロットしています。

天理~柳本にかけての古墳

磐余の古墳

(マイマップについては、随時、補正していきます。リンク切れが生じるかもしれません。)

飛鳥は飛鳥里山クラブでしょっちゅう歩いているところだし、佐紀盾並列古墳群については、奈良県図書情報館ITサポーターズのITウォークに「うわなべ・こなべ古墳から秋篠寺コース」がありますし、私も、近所なので、よく散策するところです。

→奈良県図書情報館ITサポーターズ ITウォーク 「うわなべ・こなべ古墳から秋篠寺コース」 
http://www.library.pref.nara.jp/supporter/ITwalk/uwanabe/index.html
同グーグルマップ

グーグルマップ上のプロットは、kmlファイルで編集できます。
kmlファイルについては、まだよく分からないところがあり、目下、試行錯誤中です。
そのうち、抜けている遺跡も補って、すくなくとも奈良検定公式テキストに載っている程度の遺跡については網羅する遺跡マップを作成したいと思っています。

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2010年1月10日 (日)

奈良検定1級受験

昨年は、わずかなところで合格点に達しませんでした。
前年までは、奈良検定公式テキストをさっとしか目を通していませんでした。

その反省もあって、今年は、奈良検定公式テキストを、一通りですが、じっくりと、読み込みました。
すぐに忘れてしまう。
なかなか覚えられない仏像や国宝建造物は、Webを参照しました。
それぞれに優れたブログがあるものです。

→国宝を訪ねて http://www.kokuhoworld.com/index.html

→お寺の風景と陶芸 > 国宝建造物があるお寺 奈良県 http://tempsera.at.webry.info/200802/article_68.html

古墳については、特に位置関係がよく分からない生駒~葛木~御所にかけて、グーグルやヤフーなどの航空写真を参照にグーグルマップにプロットしてみました。

グーグルマイマップ 生駒~葛城の古墳

直前に、一昨年、昨年の問題にさっと目を通し、試験に臨みました。

過去問そのままの問題や、過去問をちょっとだけ変更した問題がありました。
問題作成者の手抜きか。
しかし、ちょっとだけの変更が曲者。
記憶あやふやで、自信を持って回答できたのは、昨年と同様、60問ほどでした。
帰宅後、公式テキストに照らし、また、Web検索して、自己採点すると、
あやふやな記憶ながら、公式テキストの内容が頭の隅に残っていたのでしょう、
自信の持てない回答の半分以上が正回答で、
84~85点でした。
今回は、なんとか、合格happy01

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2010年1月 5日 (火)

天理~柳本 古墳めぐり

なら歩楽歩楽会シニア9名で、天理~柳本の古墳めぐりをしました。
毎年、山の辺の道を散策していますが、今回は、山の辺の道から離れたところにある古墳めぐりです。
最大の前方後方墳 西山古墳、山の辺の道から遠望している西乗鞍古墳、ヒエ古墳などを、地図を頼りに、山の辺の道と上つ道の間を行き来しつつ、古墳を巡りました。


より大きな地図で 散策コース を表示

(続き 2010/1/29写真追加)

続きを読む "天理~柳本 古墳めぐり"

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