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2010年2月の11件の記事

2010年2月25日 (木)

花空間けいはんな 無残な花木園

花空間けいはんなが閉鎖され、京都府農林水産センター生物資源研究センター研究圃場と組織替えされて、ほぼ1年。
無料公開(月火は閉鎖)されていますが、来客は、相変わらず少ないようです。
この4月以降どうなるかは未定ですが、今年度は、樹木剪定などボランティア活動は継続中です。

冬の間にイノシシに荒らされた花木園の整備を手伝いました。
シャクヤクの根が掘り起こされ、アジサイが倒され、散策路も一面に掘り返されています。
整地し、芽生え始めているシャクヤクを埋め戻しました。

花木園
マンサク、ウメが咲いています
一面にイノシシに掘り返されています
Dscn1695マンサク
Dscn1696紅花マンサク
Dscn1699

整地作業中
Dscn1702埋め戻したシャクヤクエリア
Dscn1701

とても1日では整備し終えない。

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2010年2月24日 (水)

市尾~国見山 散策

御所市在住のNさんの案内で、国見山に登りました。
この1月から、地元ボランティアとして、国見山の登山道及び山頂の整備を行なわれており、山頂への登山道が開通したので、そのお披露目です。
周辺の古墳、城跡などの遺跡の案内もしていただきました。
コース
市尾駅~市尾墓山古墳~市尾宮塚古墳~曽羽城跡~国見神社~国見山~行者祠~三光丸クスリ資料館~市尾駅
(今回コースは紫色コースです)

より大きな地図で 御所~市尾 を表示

国見山頂上少し手前の樹林切れ目から
室大墓(宮山古墳)かな
頂上からは、室大墓、日本武尊白鳥陵は樹木で見えません
Dscn1663

頂上は、一面ササで覆われていたそうですが、きれいに刈られていました。
頂上広場には、丸太の椅子、テーブルが置かれています。
国見山頂上 3等三角点 229m(三角点は、左下、日陰の石)
Dscn1662

(続き 散策記)

続きを読む "市尾~国見山 散策"

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2010年2月21日 (日)

ふきのとう

日当たりのよい畑の片隅に移植したフキから、
蕗の薹が芽生えてきましたhappy01

Dscn1632
Dscn1631

日当たりの悪い庭の片隅のフキからは、まだ芽生えていませんdespair

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2010年2月20日 (土)

平城宮跡発掘調査現地説明会

平城宮跡東院地区西北部の発掘調査(平城第446次調査)現地説明会に行きました。
奈良文化財研究所では、2006年度から5カ年計画で東院地区の性格を解明するために重点的な発掘調査を行っています。
2009年度、平城第446次調査では、東院中枢からみて北西に当たる範囲1,505㎡を発掘調査しています。 
今回の調査では、これまでに、建物11棟、掘立柱塀7条、溝5条、不明遺構1基が検出されました。

説明会風景
左後方:建設中の大極殿
Dscn1604

左後方:若草山  右後方:宇奈太理坐高御魂神社
Dscn1601

説明会資料
Dscn1598

遺構は、奈良朝の初め(710~ )から光仁天皇(770~781)にかけて、6期に区分されるそうです。
恭仁京遷都までが1期。
745年平城京に戻ってきてからが、聖武、孝謙、淳仁、称徳、光仁天皇と、ほぼ天皇交代にあわせ、建物が取り壊され、新築されています。
一見雑多な柱跡ですが、柱跡の交差状況や出土土器などで、区分できるそうです。

遺構
時期ごとに色テープで区分
Dscn1606右後方:東院庭園
Dscn1592
Dscn1593

中央部の不明遺構(1期)
Dscn1612南北4.8m、東西2.9mの楕円形の堀形の北半に約2m四方の抜き取りをもつ遺構。井戸の可能性も考えられるとのこと。

柱跡の交差で、柱の前後が分かる
Dscn1608

出土土器
奈良時代前期
Dscn1620中期
Dscn1621後期
Dscn1622

釘も出土しています
Dscn1619


説明会の後、平城宮跡を一周しました。
大極殿周辺など各エリアで遷都祭に向けての工事が行われていました。
(平城宮跡での平城遷都1300年祭は、4月24日~11月7日)
Dscn1625

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2010年2月19日 (金)

近つ飛鳥 散策

飛鳥里山クラブ歴史サークルで、近つ飛鳥を、上ノ太子駅から、地元ボランティアガイドの案内で、竹内街道~科長神社~二子塚古墳~推古天皇陵~近つ飛鳥博物館まで散策しました。
近つ飛鳥博物館では、特別展「ふたつの飛鳥の終末期古墳」を開催中で、同展企画担当の学芸員から、説明を受けました。

近つ飛鳥は、これまでも何回か訪れているが、連れていってもらう散策行なので、位置関係がいまだによくは把握できていない。
帰宅後、散策路をグーグルマップにトレースしてみたが、これで正しいかどうか・・・

より大きな地図で 近つ飛鳥 を表示

これまでの近つ飛鳥散策記
2006年6月17日 (土) 近つ飛鳥 探訪
2006年11月 8日 (水) 近つ飛鳥~弘川寺 散策
2009年4月 4日 (土) 高貴寺、弘川寺、近つ飛鳥風土記の丘

(続き 写真 2月22日掲載)

続きを読む "近つ飛鳥 散策"

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2010年2月18日 (木)

平端~額田~安堵~斑鳩

なら歩楽歩楽会シニア7名で、平端駅から額田~安堵~斑鳩まで散策しました。


より大きな地図で 平端~額田~安堵~斑鳩 を表示

(続き 写真 2月22日掲載)

続きを読む "平端~額田~安堵~斑鳩"

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2010年2月14日 (日)

鳥羽菅島旅行

2月13~14日、サークル仲間の4家族で、鳥羽の菅島に一泊旅行しました。
3時過ぎ、車2台連ねて出発。
5時過ぎに鳥羽港着、5時の菅島行き船が出たところでした。
6時過ぎの船で菅島へ。
急に暗くなってきました。
夜空の星が美しい。
菅島港で迎えの車に詰め込みで乗り1~2分、民宿につきました。
風呂を浴び、夕食。
大きなイセエビに、さざえ、かき、刺身。
イセエビは髭を動かしていました。
Dscn1367
Dscn1369

早朝、日の出を見に、灯台へ。
途中の展望所で、日の出を見ました。
6:40
Dscn13776:42
Dscn13796:50 灯台から
Dscn1387

朝食後、再び、灯台まで散策。
浜辺へも降りて、久方ぶりの海辺です。

菅島灯台 我国最古のレンガ造り灯台
Dscn1386水仙花盛り
Dscn1388明治6年点灯
Dscn1390

菅島灯台から
早朝 漁に出る漁船群
前方は、鳥羽 松ヶ鼻?
Dscn1392菅島漁港
前方 鳥羽市街
Dscn1416右方 答志島
Dscn1417

10時過ぎの答志島経由の船で、鳥羽湾を巡り、鳥羽港に戻り、帰路に着きました。

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2010年2月11日 (木)

江包・大西のお綱まつり

2月11日、江包・大西のお綱まつり見物に行きました。
(三輪駅~田原本駅散策記は別掲)

Dscn1258上流から流れてきた二人の神様を、江包は素戔嗚尊、大西は稲田姫を助け、二人が正月に結婚式をあげたことに由来する。
古くからの田遊び祭りの一種で、豊作を祈念する儀式。
旧暦正月に行われていたが、現在は祝日の2月11日に行われる。


素戔嗚神社に着いたときは、ちょうど、女綱が神社前に到着したところでした。
11:07
Dscn125411:08
Dscn1256「ひ~らいた、ひ~らいた」と囃したて、
女綱が開きました
11:38
Dscn1273

尻尾の綱を大木に引き上げ
Dscn1261橋に掛けていきます
Dscn1276綱掛橋です
Dscn1277

鳥居横の大木には
Dscn1278女綱が吊り上げられました
Dscn1282

一方、近くの田んぼでは、
男綱グループが泥相撲です   右後方:三輪山
Dscn1280


男綱グループの泥相撲
11:24
Dscn1267男綱は田んぼで休憩
Dscn1272

泥相撲(YouTube動画  34秒)


女綱の準備が整い、
仲人役が
Dscn1283何回か男綱を呼びにいきますが、男綱グループの泥相撲は続きます。

仲人の8回目の督促で、
男綱をようやく動き始めます。
12:12
Dscn128712:14
Dscn1289後方、三輪山
Dscn1290

三輪山をしかも隠すか 雲だにも情けあらなも隠そうべしや

12:15  この祭りも三輪山信仰に関連しているのでしょうか
Dscn1291

男綱が女綱に突進します(YouTube動画 1分26秒)

合体
12:23
Dscn1299男綱が吊り上げられ
Dscn130312:31
Dscn1306

男綱女綱が鳥居の前に吊るされました
Dscn1311


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三輪駅~江包・大西 お綱まつり~田原本

2月11日、いくつかの神社で、春を迎える祭りが催されます。
江包・大西のお綱まつり、広瀬神社の砂かけ祭り、六県神社の小出来おんだ祭、村屋神社の御田祭、などなど。

JRふれあいハイキング「大和の奇祭『お綱まつり』と山の辺の道」に便乗し、お綱まつりを見に行くことにしました。
雨模様のため、私のグループは2名だけ。
しかし、三輪駅には大勢集まっていました。
JR三輪駅で、コース地図をもらい、10:15出発。
JRハイキングは、途中の芝運動公園で小休止。
途中、三輪山の真西に立地するという芝の春日神社に立ち寄ってみたかったので、休憩を取らずに、先行しました。

散策コース  赤印がお綱まつりの素戔嗚神社

より大きな地図で 三輪~お綱まつり~田原本 を表示


慶田寺に隣接して春日神社があります。
春分の太陽が三輪山から昇り、二上山の雄岳雌岳の鞍部に沈みます。
古代、三輪山を祀る神域で、一説では、元大神神社所在地だったとか。
三輪山は、あいにくの小雨で山頂は見えません。

左:春日神社  右:慶田寺
Dscn1244慶田寺
Dscn1246慶田寺墓地の西側に
春日神社
Dscn1248

芝 
春日神社
Dscn1245拝殿
Dscn1249


春日神社で作業中の地元の方が、親切にも、「お綱まつり見物なら、急いだほうがいいよ」と近道を教えてくださりました。

大和川を渡らなかったので、
Dscn1250女綱が出発して、人けの感じられない御綱神社を対岸に眺め、素戔嗚神社に急ぎました。

前方から、囃子が聞こえてきます。
Dscn1252

大和川のほとりの小さな神社
素戔嗚神社
Dscn1257男綱と女綱が合体する入船儀式が行われる神社です

素戔嗚神社では、ちょうど、女綱が到着したところでした。
女綱を鳥居前の大木に結わえ付けて、男綱を待ちます。
(女綱を鳥居前の大木に結わえ付け終わったころ、JRハイキンググループがやってきました。)
男綱グループは、春日神社を出て、近くの田んぼで泥相撲です。

江包 春日神社
Dscn1270男綱の神社です
団子やお汁粉を売っていました


仲人役が、何回も、男綱を呼びに行き、・・・
1時間ほど後に、ようやく合体。
(お綱まつり 別掲)

巻向古墳群~箸墓古墳に向かうJRハイキンググループと分かれて、村屋神社を目指します。
村屋神社は閑散としていました。
掲示に、御田祭は4時から、とあります。
Dscn13154隅にささ
御田祭の田でしょうか
Dscn1315_2本殿
Dscn1317

天候がよければ、周辺を一回りして、4時前に戻ってくるのですが、午後は本降りの天気予報です。先を急ぐことにしました。

大和川
道標
Dscn1320

田原本に出ることにしました。

式内岐多志太神社
Dscn1324
Dscn1323
Dscn1322

森市神社
Dscn1325
Dscn1326
Dscn1328

時々の小雨でしたが、ほとんど傘を差すことなく、田原本駅まで散策できました。

帰路、最寄り駅下車時は、本降りの雨になっていました。

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2010年2月 6日 (土)

榛原 宗祐寺~悟真寺

大和路散策会2月例会で、榛原駅から悟真寺まで散策しました。
この道は、伊勢本街道のまだ歩いていない区間(榛原~高井)のほぼ中ほどまでの道です。


より大きな地図で 伊勢本街道を歩く を表示


最高温度予想5℃
榛原は東山中なので、さらに厳しい寒さが予想されます。
厳しい寒さが予想される中、参加者26名。
皆さん元気です。

札の辻
伊勢本街道と表街道の分岐点です。
辻の前には、元旅籠あぶらやがあります。
Dscn1198あぶらや
Dscn1199本居宣長公宿泊
Dscn1197

伊勢表街道沿い、すぐ近くに、
宗祐寺
Dscn1200新しそうな本堂
Dscn1202融通念仏宗の榛原地区の中本山です。


→融通念仏宗青年会HP > 宗祐寺 http://www.yuzusei.com/temple/nara3/souyuuji/index.html

境内手水の水口は、亀です
Dscn1204つららが垂れている!
Dscn1205

本堂天井 ネパールの仏像絵
Dscn1207108 ひとつひとつお姿が異なっている!
Dscn1206Dscn1208

庭園も立派です
Dscn1211七福人像
Dscn1212


伊勢表街道に沿ってしばらく進むと、椋下(むくもと)神社です。
高倉下命を祀り、神武東征神話にも関わる古い神社だそうです。
Dscn1219
Dscn1222本殿は階段の上
Dscn1220

少し戻り、伊勢本街道を高井方面に向かいます。
宇陀川に沿って下ります。

上流 正面 墨坂神社
Dscn1225下流 進行方向
Dscn1226

いつの間にか、川の流れが変わっている!
内牧川との合流点から、内牧川を遡っているのです。
檜牧、自明の集落を過ぎたあたりで、右折れし、山道を登ります。
分かれ道には、注意していないと見落としてしまうような、見にくいものの、悟真寺への道標があります。

「この道でいいんだろうか?」と迷いながら、山道を登り続けると、前方上方にぽつんと建物が見えてきます。
自明山悟真寺です。
石段を登ります。
枝垂桜の巨木、花の時期には、見事な光景でしょう。
Dscn1231曹洞宗自明山悟真寺
Dscn1234寺宝 誕生釈迦仏
Dscn1235
奈良国立博物館で見る誕生釈迦仏は、この寺の寺宝だったんだ!

本堂に上がらせてもらい、住職さんの説明を受け、本尊聖観音菩薩像の前で、昼食。
茶菓子もだして頂きました。

帰路、復路に素通りした御井神社に立ち寄りました。
Dscn1241本殿
Dscn1238このあたり、ツルマンリョウ自生地の北限だとか。
Dscn1240

道路情報に、気温1℃。
Dscn1242

途中、小雪の吹雪にも遭い、手指のかじかむ寒い散策行でした。

ドアtoドアで、15千歩

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2010年2月 3日 (水)

元興寺 節分会

2月3日 節分です。
元興寺の節分会を観に行きました。
ネットでスケジュールを見ると、
12時~ 法要
13時~ 柴燈大護摩供、火渡り秘供
15時~ 豆まき
とあります。

1時少し前に元興寺極楽院に着きました。
境内中央に、ヒノキの枝葉が積み重ねられた護摩壇、本堂前に、祭壇が設けられています。
その前で、棒術奉納が行われていました。
Dscn1137棒術奉納
Dscn1135

1時過ぎ、柴燈大護摩供が始まりました。
修験者が護摩壇の四方に矢を放ち、護摩壇の前で刀を振ります。
住職の柴燈大護摩供開始の挨拶と儀式の解説がなされました。
破魔矢で結界を築き、刀の光で魔物を追い払うのだそうです。
Dscn1140右に左に
Dscn1142「光」の字を描く

住職解説聞くまで
わからなかった


魔物、悪霊を追い払った後、点火です。
煙がもうもうと立ち上がり、境内を覆います。
10分ほどすると、炎が見えてきました。
炎の中に、護摩木が投げ入れられていきます。
小雪がぱらついてきました。
13:25
Dscn114413:35
Dscn114713:37
Dscn1148
13:38
Dscn114913:39
Dscn115313:48
Dscn1155

護摩木がすべて燃え尽きたところで、護摩壇を構築する枠木が解体され、まだ炎を上げている護摩木の燃え滓の上に並べられていきます。
小雪がぱらついています。
13:58
Dscn115614:04
Dscn115914:08
Dscn1160

まだ煙を上げている木の上をまず住職が「火渡り」します。
その後、お札を納めた一般参加者が「火渡り」します。

住職火渡り

(画像をクリックすると、PicasaWebAlbumのビデオ画像が開きます)

一般参加者火渡り

(画像をクリックすると、PicasaWebAlbumのビデオ画像が開きます)

3時から、豆まきです。
豆まきに先立って、せんとくんが幼稚園児に豆袋を配り、また、幼児連れの参加者や老人に豆袋を手渡します。
本堂横にこしらえられた舞台から、年男・年女、留学生たちによって豆(紙袋入りの炒りダイズ)がまかれます。
掛け声は、「福はうち~鬼もうち~」。
解説によると、福も鬼も自己の内から生ずるという法義をあらわすものだとのこと。
金峯山寺のように、鬼を折伏して内に迎えることではない。
節分会や豆まき行事にも、初めて聞くような知らないことが多々あり、奥深いものですね。
14:32
Dscn117015:08
Dscn1179


境内では、般若湯のふるまいもなされていました。
お布施箱に小銭を入れて、般若湯を頂きました。
若い女性の声「般若湯ってお酒だったの・・・」
般若湯が、お酒だということを知らない世代がいるようです。

豆まきに並行して、「火渡り」の後、本堂前には、境内片隅に積み上げられていた古札などが積み上げられ、とんど焼きです。

古札などが積み上げられ、再び点火
14:43
Dscn117415:12 
Dscn1180豆まき終わり
見物客は三々五々引き上げます

豆まきが終わり、人けの少なくなった元興寺極楽院を後にし、ならまちを散策、もうひとつの元興寺と旧元興寺本堂跡など旧元興寺跡を巡り、

もうひとつの元興寺
Dscn1182東塔跡
Dscn1185不動明王堂?
Dscn1186

元興寺小塔院跡
Dscn1190
Dscn1189

旧元興寺本堂跡(奈良町資料館)
Dscn1191

夕方からの節分会の準備がなされている興福寺東金堂前を横目に、奈良公園を引き上げました。

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