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2010年2月24日 (水)

市尾~国見山 散策

御所市在住のNさんの案内で、国見山に登りました。
この1月から、地元ボランティアとして、国見山の登山道及び山頂の整備を行なわれており、山頂への登山道が開通したので、そのお披露目です。
周辺の古墳、城跡などの遺跡の案内もしていただきました。
コース
市尾駅~市尾墓山古墳~市尾宮塚古墳~曽羽城跡~国見神社~国見山~行者祠~三光丸クスリ資料館~市尾駅
(今回コースは紫色コースです)

より大きな地図で 御所~市尾 を表示

国見山頂上少し手前の樹林切れ目から
室大墓(宮山古墳)かな
頂上からは、室大墓、日本武尊白鳥陵は樹木で見えません
Dscn1663

頂上は、一面ササで覆われていたそうですが、きれいに刈られていました。
頂上広場には、丸太の椅子、テーブルが置かれています。
国見山頂上 3等三角点 229m(三角点は、左下、日陰の石)
Dscn1662

(続き 散策記)

市尾駅集合。
前回の飛鳥里山クラブ会合での呼びかけですが、20名を超える参加者です。
まずは駅近くの古墳めぐりです。

市尾墓山古墳
Dscn1634古墳全景
Dscn1637説明板
Dscn1636

この古墳は、2007年秋に大和路散策の会で、昨年春になら歩楽歩楽会で訪れました。
古墳については、2007年散策記事参照
2009年3月27日 (金) 御所宮戸橋~市尾 散策
2007年10月 6日 (土) 市尾~飛鳥 散策

市尾宮塚古墳
天満神社の境内に、
Dscn1643拝殿手前を右に入ると、
宮塚古墳
Dscn1641石棺レプリカ
Dscn1639
案内のNさんの子供のころは、かくれんぼなどの遊び場だった、
石棺は、半ば壊れた下部が残っているだけだった、とのこと。

宮塚古墳の南方の小山を登ると、曽羽神社があります。
Dscn1645曽羽城跡だそうです
城といっても砦のようなもの


曽我川を越え、JR和歌山線をくぐり、国見山に登ります。
国見神社まではなだらかな山道です。
鳥居をくぐり、
Dscn1651道脇に穴
これも古墳跡かな
Dscn1652

山道に入り10分ほどで、国見神社です。
液上方面からは車でも来れるようです。
Dscn1653神社沿革
Dscn1655

Dscn1657
Dscn1658本殿
Dscn1659

国見神社から山頂まで500mの登り。
高低差は100mだそうです。
やや急なところもありますが、階段や木杭で補強・整備された歩きやすい山道でした。
ほぼ100mごとに神社からの距離が表示されています。
頂上は、一面ササで覆われていたそうですが、きれいに刈られていました。
Dscn1661頂上に、神武天皇聖跡碑
嗛間(ほほま)丘伝承地
ボランティア作業前は、ササに覆われ、この碑が見えなかったそうです

国見ができるように、視界をさえぎる樹木も一部伐採されていましたが、民有地のため、伐採は思い通りにはできず、展望は限られています。

帰路は、「行者道」を下りました。
役行者が大峯山に通った道だそうです。
こちら側の山道は、まだ整備できておらず、滑りやすい急な坂道を注意して下りました。
役行者像を祀る祠に下り立ちました。
常夜灯には、「明和元年」、「大峯山上」と刻まれています。
Dscn1672「明和元年」
Dscn1677「大峯山上」
Dscn1671

祠のなかの役行者像
Dscn1675隣の地蔵さん
Dscn1673

三光丸クスリ資料館に案内していただき、市尾駅に戻りました。

三光丸クスリ資料館
Dscn1681展示 手作業での製丸
今日、製丸工程は機械化され、伝統芸は失われつつある
Dscn1685立派な庭園
Dscn1687

戦前の商標登録
康徳5年?
戦前、満州国での年号だそうです
局長は、名だたる・・・
Dscn1689


ふきのとうは見当たりませんでしたが、日当たりのよい田の片隅には、レンゲが咲いていました。
20℃を超す、暖かい散策日和でした。
Dscn1678

参照
同行みどりの野原さんのブログ散策記

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