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2010年6月 5日 (土)

6月5日 大和高田 奥田蓮池~長谷本寺 散策

大和路散策会で、大和高田の名称寺、奥田蓮池、長谷本寺を巡りました。


より大きな地図で 散策コース を表示

(続き 6月25日記載)

浄土真宗本願寺派 名称寺
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寺伝によると、聖徳太子が大和国広瀬郡百済郷に建立した百済大寺跡に、1335年(建武2年)、本願寺三代覚如(かくにょ)がに百済寺を創建、1455年(康正元年)、現在地曽大根に移築、1513年(永正10年)、寺号を「二条名称寺」と改めた。
1570年(元亀元年)、石山本願寺の顕如が率いる一向一揆に当寺からも参加、織田信長軍と戦っているが、現在残されている堀割はその当時のもので、村は環濠で囲われ、道路も敵を防ぐための工夫がなされていたといわれている。

奥田に向かう途中、甘田川のたもとに
白龍大明神
Dscn3027神社横の説明板に「白龍大明神のサイカチ」。樹高約15m、根回り約3.5m、目通り約2.5mの「サイカチ」の老木があるとのことだが、どれがサイカチなのかな?

奥田はす池公園
Dscn3032捨篠池(すてしめいけ)
Dscn3035民話伝承碑
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役の行者生誕伝承地
Dscn30337月7日吉野山金峯山寺に蓮華献花
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捨篠池の横に 弁天神社
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奥田はす池公園で昼食後、根成柿の天満神社に向かいます。

天満神社
Dscn3049拝殿
Dscn3050本殿
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説明板
Dscn3048狛犬 燈籠
Dscn3060文化五年
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天満神社内
金鶏塚
柿本人麻呂の歌塚とも、また、墓ともいわれ、正月元旦の夜明け、黄金のにわとりがどこからともなく飛んできて、「東天紅」と時を告げるという言伝えがある
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高田市街地に戻ります。
浮孔駅傍
八幡龍王
Dscn3063萱堂の四方仏石
層塔の初重の軸部?

葛城川田井橋たもと
長命地蔵尊
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長谷本寺
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長谷本寺由緒によると、
710年、平城京の鬼門を守る寺社として、元明天皇により創立。
継体天皇11年、大洪水で近江より流出し難波に流れ着いた巨木が、その漂うところで不思議なことを起こしていた。この霊木を、運んできたところ、当地で、大磐石のごとく動かなくなった。
大満菩薩が21日間祈念、その結願の暁に十一面観音が出現、その後、毎夜半にノミの音が聞こえ、観音像が刻まれていった。
観音により刻まれた観音像を本尊として安置した。
霊木の残りは、後に、東の初瀬で、姿を変えて長谷寺の本尊として祀られたので、当寺を、長谷本寺と称すようになった、とのこと。
現本尊十一面観音像は、像高五尺一寸五分、檜材の一本造り。平安朝前期の作とみられるが、相当後世の補修がなされている。
住職さんより、本寺由緒をお聞きし、本尊ほか本堂内の仏像を見せていただきました。

本寺前は
横大路
寺前に道標 すぐ大坂さかい
Dscn3083すぐはせいせ道
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長谷本寺で解散。
専立寺に寄り、大和高田駅から帰りました。

専立寺
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