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2010年9月18日 (土)

石のカラト古墳

木津川市と奈良市の境の標高112mの丘陵緩傾斜面に築造された上円下方墳。下の方形部は、一辺13.8m・高さ1.36m、上の円形部は、径9.2m・高さ1.55m。
昭和54(1979)年に、ニュータウン建設に先立って奈良文化財研究所によって発掘調査がおこなわれました。
立地から平城京遷都に関係する皇族の墓ではないかといわれています。

カラト古墳緑地(神功1丁目緑地)
Dscn2583石のカラト古墳
Dscn2585説明板
Dscn2586
「この古墳は8世紀初めの築造と推定され、昭和5654(1979)年の発掘調査で上段が円形(直径約9.2m)下段が方形(一辺約13.8m)の上円下方墳であることがわかりました。下段の表面には、30cm大の石を葺いていましたが、上段の葺石はほとんど失われていました。古墳の中に造られた石室は壁画古墳として知られる飛鳥高松塚古墳と同じ横口式石槨で間口1.15m、奥行2.6m、高さ1.2mあり、15枚の凝灰岩の切石でできています。
 「カラト」の名はこの石室が唐柵に似ていることからつけられたらしく、石室内は盗掘のため、荒らされていましたが、漆塗りの棺が納められていたらしく、漆の破片、金・銀の玉など豪華な副葬品の一部が出土しました。
 葬られていた人物の名はわかりませんが、奈良時代初めの貴族と推定され、平城京の北郊である奈良山丘陵に造られた数少ない終末期古墳として昭和62(1987)年の復原整備の後、平成8(1996)年に国の史跡に指定されています。」(奈良県教育委員会)(現地案内解説板) 
(説明板は、発掘調査時期を「昭和56(1979)年」とあるが、「昭和54(1979)年」の間違いと思われる)

(続き 発掘時の写真など)

発掘時の写真
Img017
(出所:奈文研「奈良山発掘調査報告Ⅰ」)

石槨透視図
Photo

石槨内部
Photo_2

出土品
Img002
(出所:近つ飛鳥博物館「ふたつの飛鳥の終末期古墳」)


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