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2010年9月27日 (月)

佐紀石塚山古墳

Img020成務天皇狭城盾列池後陵
前期後半築造
佐紀陵山、佐紀高塚と並んで「佐紀三陵」と呼ばれる。この三陵のうち、本古墳は台地の西端に築かれたためか、墳丘の東と西では数メートルの比高差がある。さらに前方部の長さも拝所をはさんで数メートルの違いがある。西側の全長を計測した場合は220m、後円部径132m、前方部幅112mとなる。このような立地的な制約から陵山より後に築かれたと考えられている。
平安時代、江戸時代の初期と幕末に盗掘を受けており、これらの記録から、内部施設は、竪穴式石室に納められた長持形石棺、副葬品として剣・玉・鏡があったことがわかる。埋葬主体が東西2基並んで存在する可能性もある。
北側に3基の陪塚とされる方墳がある。

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