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2010年12月16日 (木)

12月16日 尼ヶ辻~高の原

なら歩楽歩楽会シニアで、尼ヶ辻から、垂仁天皇陵~安康天皇陵~喜光寺~西大寺奥の院 体性院~秋篠寺~忍熊王墓~押熊瓦窯跡~石のカラト古墳を訪ね、高の原駅まで散策しました。
今回は、東京から春日若宮御祭り見物を兼ねての参加者を含め10名です。

尼ヶ辻駅集合。
西大寺駅で誤って急行に乗り、郡山まで行ってきたメンバーを待って、出発。

尼ヶ辻駅前に大きな道標
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宝来山古墳(垂仁天皇陵)の濠に出ると、傍らに、囲われた空き地。
宮内庁管理、陪塚ほ号です。
Dscn5234

古墳の濠には水鳥がたくさんいました。
マガモやコガモはなんとか区別つくが、キンクロハジロ、ヒドリガモなど教えてもらってもすぐに忘れてしまう。 

*宝来山古墳(垂仁天皇陵) 12月8日撮影です
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Dscn5107*このときも水鳥はたくさんいました
Dscn5108

(*今回のコースは、過去訪れたときや先日12月8日に自転車で周ったときの写真があるので、今回は、ブログ用写真はあまり撮りませんでした。適宜、過去撮影の写真を*印をつけて使用します。今回歩かなかった地点からの写真もあります。青空、雲とか植物の状況が異なっており、やはり、その都度写真に撮るべきだったかなと反省しています。とはいえ、今日はどんよりした曇り空、先日は雲漂う青空で、先日写真のほうが写りが良い。)


*生駒連山 垂仁天皇陵から
Dscn5111

垂仁天皇陵北端から西に向かって歩みます。
第2阪奈道路宝来インターの手前に安康天皇陵です。

安康天皇陵
Dscn5236
Dscn5237

安康天皇陵の周りを回り、蓬莱神社に寄ります。

蓬莱神社
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蓬莱山仏願寺、歯痛地蔵、伏見山西圓寺(読み たぶん さいえんじ)を通り、暗越奈良街道を垂仁天皇陵近くまで戻ると、宝来東バス停前に垂仁天皇陵陪塚い号 兵庫山古墳 があります。
表示は、「垂仁天皇陵飛地い号」とあります。
Dscn5260

その東を北に向かうと国道308号新道に出て、対面が喜光寺です。
本年5月落成の南大門が国道沿いに建っています。
10月31日には境内に会津八一の歌碑が建立されました。

喜光寺 南大門~本堂
Dscn5261南大門
Dscn5263本堂
Dscn5264

*喜光寺 国道歩道橋上から
Dscn5098

*喜光寺 由緒
Dscn5094*喜光寺 南大門
Dscn5095*喜光寺
Dscn5093

*喜光寺境内
 国道歩道橋上から
 会津八一歌碑 睡蓮鉢
Dscn5101
喜光寺境内
Dscn5277会津八一歌碑
インドボダイジュ
Dscn5269

会津八一歌碑
Dscn5270会津八一歌碑裏面
Dscn5275ひとりきて
かなしむてらの
しろかべに
汽車のひびきの
ゆきかへりつヽ

境内には石川郎女の万葉歌碑もあります。

万葉歌碑 20-4491 石川郎女 
Dscn5278_2歌碑裏面
Dscn5293大き海の
水底深く
思いつつ
裳引き平らしし
菅原の里

弁天堂
Dscn5281弁天堂内
Dscn5284

歌碑や仏像を熱心に見ていると、お寺の方から、「熱いお茶がありますよ」と声をかけていただきました。
写経道場建物に案内され、お茶をいただき、ちょうど昼食時だったので、厚情に甘え、法話室で弁当を食べさせていただきました。

菅原天満宮に参拝して、西大寺奥の院体性院に向かいます。
西大寺は、何回も訪ねているので、今回はパスです。
途中、西大寺の鎮守であった西大寺芝町の八幡神社に寄ります。
うっそうとした鎮守の森です。
本殿は、3間社流れ造りの素敵な建物でした。

*八幡神社 鳥居
Dscn5090*長い参道
Dscn5089本殿
Dscn5310

野上神社のところで左折し、道なりに進むと、鋳物師池跡、次いで、西大寺奥の院体性院です。

鋳物師池跡
Dscn5315

*西大寺奥の院 体性院
Dscn5075*叡尊五輪塔
Dscn5078*叡尊五輪塔
後方
 左 若草山
 右 御蓋山
Dscn5079

奈良市歴史の道に戻り、秋篠寺に向かいます。
途中、自転車に乗っては通りがたい狭い路が2箇所あります。

歴史の道 西大寺~秋篠寺
Dscn5321前方に秋篠寺南門
Dscn5322

秋篠寺南門手前の八所御霊神社で、八所御霊を巡って一講釈。

秋篠寺南門
Dscn5071八所御霊神社
Dscn53231

秋篠寺南門を入った左側に会津八一歌碑がひっそりと建っています。

*秋篠寺境内
Dscn5069*会津八一歌碑
Dscn5065あきしのの
みてらをいでて
かへりみる
いこまがたけに
ひはおちむとす

西大寺から秋篠寺に来るまで、生駒山が展望できるか注意しつつ来たのですが、家が立ち並び、生駒連山の展望できるところに気づきませんでした。
喜光寺前国道歩道橋に上や垂仁天皇陵辺りからは、生駒連山がきれいに展望できるのですが。

秋篠寺の西側に出て、秋篠町の家並みを少し迷いながらも奈良工業高校跡に出て、バス道を辿り、願心寺の案内板に従い三叉路を左にバス道を離れ、願心寺経由で、押熊町の八幡神社に着きました。

*押熊町の八幡神社 鳥居
Dscn3722*拝殿
Dscn3710*本殿
Dscn3714

八幡神社の東側に伝忍熊王墓があります。
忍熊王は、仲哀天皇皇子で、継母の神功皇后が三韓征伐から腹違いの弟(後の応神天皇)を連れて凱旋するときに、皇位を争い、滅ぼされた皇子です。
勝者である応神天皇を祀る八幡神社の傍らの小さな墓域です。

*伝忍熊王墓 遠望
Dscn3723伝忍熊王墓
Dscn5329*伝忍熊王墓
Dscn3719

平城ニュータウンに入り、押熊瓦窯跡、万葉の小道、石のカラト古墳を見学し、高の原駅に戻りました。

押熊瓦窯跡、石のカラト古墳については、過去記事参照してください。
2010年9月21日 (火) 押熊瓦窯跡
2010年9月21日 (火) ならやま 万葉の小径
2010年9月18日 (土) 石のカラト古墳

駅前の焼き鳥店で反省会。

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