« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月の6件の記事

2011年3月30日 (水)

3月30日 琵琶湖ウォーク 1 瀬田唐橋→琵琶湖博物館

琵琶湖一周ウォークの初回 瀬田唐橋→琵琶湖博物館 に参加しました。
日帰り16回で琵琶湖を一周するバス&ウォーク企画で、高の原出発があるので、参加してみました。
添乗員及びコースガイド付き。参加者35名。
近江国一ノ宮建部神社までバスで行き、神社参拝後、ウォークスタートです。
瀬田唐橋、近江大橋、矢橋帰帆島 ・・・ と、琵琶湖湖畔を琵琶湖博物館まで歩きました。
14Km。
迎えのバスで、途中、極楽湯南草津店に寄り、一風呂浴びて、5時過ぎに高の原に戻りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月24日 (木)

3月24日 上(かむら)~尾曾(おおそ)

飛鳥里山クラブ総会のあと、歴史サークルで、細川谷上流の上(かむら)の薬師堂に行きました。
普段は施錠されていますが、地区総代さんに扉を開けていただき、本尊薬師如来像、脇像十一面観音像、守護四天王像及び鎌足公木造を拝見させていただきました。
近くに、石舞台古墳などの石材を切り取ったといわれる石切り場跡があります。
山路を少し登り、石切り場跡を見学。
滝になっており、不動明王像が石に彫られています。
巨大な石を細川谷沿いをどのように運んだのだろうかと想像しながら、気都倭既(けつわけ又は、きつわけ)神社に下り、散会。
その後、車2台で、尾曾(おおそ)を訪ねました。
6軒ほどの小さな集落です。威徳院があります。
古墳地図によると、近くに細川谷古墳群のひとつ、堂の前塚古墳があるとのことですが、所在はわかりませんでした。威徳院北側にあったが、消滅してしまったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月12日 (土)

3月12日 五條~賀名生

大和路散策の会で、五條新町及び賀名生梅林を散策しました。
大和郡山に集合し貸切バスで五條に向かいます。

五條で、新町周辺を散策。

吉野川
Dscn6229

五條は、明治維新発祥地です。
1864年、新しい日本をめざす尊皇攘夷思想の若者たちが全国各地より集結して五條代官所を襲撃しました。
天誅組の変です。
Dscn6209説明板
Dscn6250

天誅組本陣跡
桜井寺
Dscn6244天誅組本陣跡碑
Dscn6245説明板
Dscn6246


Dscn6240桜井寺境内に五條代官鈴木源内首洗いの石手水鉢があります。

Dscn6249襲撃された代官所跡は市役所になっています。

五條には建築年代がわかっている民家としては最古の住宅栗山邸があります。
新町通りにも、古い町並みが保存されていて、昨2010年12月、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。全国88番目、県内では橿原市の今井町、宇陀市の松山地区に次いで3番目です。

栗山邸 棟札慶長12年(1607年)
Dscn6236新町通り
Dscn6234左手前住宅
栗山邸
棟札元禄9年(1696年)

五條の発展に貢献したのが、松倉重政です。
松倉重政は、関が原の合戦での功績が認められて大名にとりたてられ、二見城に入城、城下町振興策として新町地区の諸役を免除して商業活動を奨励し、五條発展の基盤を築きました。

松倉重政顕彰碑
Dscn6218
Dscn6219

西方寺に松倉重政の墓碑と頌徳碑があります。
Dscn6226墓碑及び頌徳碑
Dscn6222墓碑説明
Dscn6223

民俗資料館前の史跡公園で昼食後、バスで賀名生に向かいます。
西吉野のケイオウサクラを観る予定でしたが、例年だとこの時期に満開となるケイオウサクラはまだ蕾で、一方、賀名生の梅林はまだ花盛りなので、予定変更です。

賀名生は、一時期、南朝の皇居のあったところです。

賀名生の由来 穴生(あなう)→加名生(かなう)→賀名生(あのう)
Dscn6251南朝皇居跡
Dscn6264皇居扁額
Dscn6266

梅林は2万本、一周するには1~2時間かかります。
時間の制約から、麓の見返り千本しか観ることができませんでした。
Dscn6260
Dscn6256梅林に
ミツバチの巣箱
Dscn6258

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

3月11日 二月堂修二会見学

奈良インターカルチャーの二月堂修二会見学会に参加しました。
16時から二月堂参籠所で東大寺史研究所研究員坂東俊彦さんによる修二会についての講義です。

会場に着くと、
三陸沖で大地震が発生し、三陸海岸に大津波が押し寄せているとのこと、
関東方面からの参加者もおり、心配そうでした。
奈良でも震度3でかなり揺れたとのことですが、ちょうど電車に乗っているときだったのか、地震に気がつきませんでした。
講師は、仏像の点検など地震対応で、すこし遅れて来られました。
1時間ほど修二会の起源や行法の説明を受けました。

精進弁当を食べた後、お松明を舞台上から見学することにし、5時半ごろに舞台に入りました。
直後に舞台回りにはロープが引かれ、立ち入り、退出が出来なくなりました。
二月堂舞台で、お松明の始まりを待ちます。

17:50 二上山に沈む夕日
Dscn6170

18:30 夕闇迫り、舞台下は見物客で一杯です
Dscn6176

19時から初夜勤行です。
練行衆(修行僧)が、足元を照らす松明に先導され、入堂します。
練行衆入堂後、松明は直ぐに消しても構わないのですが、いつのころからか、松明を舞台から突き出したり回したり、松明をかかえて舞台を駆けたりします。

松明が登ってきます
Dscn6180舞台へ
Dscn6181舞台から突き出します
Dscn6183

松明終了後、内陣に入れていただき、行法の見学です。
五体投地が済んだところで、退出し、帰路に着きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月10日 (木)

3月10日 浜坂~城崎 バスツアー

農業サークルの仲間とバスツアーで浜坂~城崎に行ってきました。

7:40西大寺駅前集合。
日本海に近づくにつれ、雪景色。
何箇所かのトンネルで工事中片側通行。雪消作業とのこと。
浜坂で、カニ・甘エビ食べ放題の昼食。
城崎で御所の湯。
21時過ぎに帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 6日 (日)

3月6日 飛鳥~御所 散策

なら歩楽歩楽会で、飛鳥から御所まで、蕗の薹を求めて、散策しました。
日曜日なので、平日なら参加できないメンバーの参加もあって、久しぶりに2桁11名参加でした。

散策コース
飛鳥駅~岩屋山古墳~牽牛子塚古墳・越塚御門古墳~真弓鑵子塚古墳~乾城古墳、与楽鑵子塚古墳~光雲寺~掖上鑵子塚古墳~琴弾原日本武尊白鳥陵~巨勢山古墳群条池支群~御所駅

より大きな地図で 20110306飛鳥~御所 を表示

牽牛子塚古墳周辺の雑木や笹は伐採され、遠くからでも古墳が見通せます。
越塚御門古墳は、埋め戻されており、牽牛子塚古墳も従前の状態に戻されていました。

牽牛子塚古墳遠望
Dscn6093牽牛子塚古墳
Dscn60942010年12月11日 (土) 越塚御門古墳見学会

真弓鑵子塚古墳は、私有地内にあり、現在は立ち入ることが出来ません。
参照
2007年の発掘調査前は、玄室内にも入ることが出来ました。
真弓鑵子塚古墳写真(2007年4月27日撮影)

乾城(カンジョ)古墳は、北側の土砂が崩落しており、玄室内へは、崩落危険として立ち入り禁止となっていました。
与楽鑵子塚古墳は、発掘調査中なのか、シートで覆われていました。

乾城(カンジョ)古墳
Dscn6095与楽鑵子塚古墳遠望
Dscn6096カンジョ古墳内部写真
2007年10月 6日 (土) 市尾~飛鳥 散策

越智居館跡と思われるところを通り、天津石戸別(あまついわとわけ)神社に立ち寄り、光雲寺で昼食休憩です。
天津石戸別神社は、古来は「九頭(くず)神社」と称し、「越智氏系図」によると、元暦二年(1185年)越智氏の祖、親家が戦場守護神として祀ったとされている越智氏発祥の地です。
祭神は、天手力男命(あまノたぢからおノみこと)。拝殿はあるが、本殿はなく、板石を楯状に巡らした玉垣の中に御神体の樹木が生い茂っています。

天津石戸別神社
Dscn6098御神体
Dscn6101Web「奈良観光 天津石戸別神社」には、榊とあるが、榊の木ではないみたいだった

光雲寺は、1346年(興国7年)越智邦澄が創建した越智氏の菩提寺です。
越智氏の没落後一時寺運衰えましたが、1680年代(天和年中)中興開山鉄牛が来住され、越智氏の石碑八基を改葬して復興に努め、1698年(元禄11年)天湫による再興以後「光雲寺」と称しています。

光雲寺門前の「厄除杉」
Dscn6102鐘楼門
Dscn6103

光雲寺裏山を登れば、宮内庁治定の斉明天皇陵の裏手に出ますが、今回は省略して、曽我川沿いに掖上に向かいます。

掖上鑵子塚古墳
Dscn6111本日3基目の鑵子塚古墳です。
鑵子とは、湯釜・茶釜のことで、鑵子塚古墳とは、玄室が茶釜を逆さまにした形状の古墳を指します。

秋津遺跡を横切り、宮山古墳経由で宮戸橋バス停に出る予定でしたが、琴弾原日本武尊白鳥陵を訪れたことのないメンバーがいたので、また、前回訪問時に白鳥陵周辺にも蕗の花が咲いていたので、コース変更し、白鳥陵に立ち寄り、白鳥陵から條ウル神古墳、巨勢山古墳群条池支群と巡りました。
前回訪問時に蕗の花が咲いていた場所に、蕗の薹がたくさん芽生えていました。

蕗の薹 大収穫
Dscn6117

道路工事中で通行止め。
あぜ道を通り、みやす塚古墳の近くに出ました。
雨が降り出してきました。
1時間に1本の宮戸橋バス停のバスが出た時刻です。
雨の中、バス停でバスを待つよりはと、御所駅まで歩くことにしました。
10Km弱の散策予定が12Kmほどの散策となりました。

御所駅近くのうどん屋で反省会
ドアtoドアで19千歩

御所周辺の散策マップ
グーグルマップ 御所~葛、市尾 2009/3 2010/3
グーグルマップの散策コースから、該当ブログ記事にリンクしています

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »