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2012年10月31日 (水)

10月31日 廣瀬神社~川合大塚山古墳群

なら歩楽歩楽会シニア9名で、JR法隆寺駅から廣瀬神社、川合大塚山古墳群を巡り、佐味田川・大和川沿いに王寺駅まで散策しました。

散策コース

より大きな地図で 20121031 河合町 大塚山古墳 を表示

川合城山古墳

東側から 左 前方、右 後円
Cimg1729南側から 前方
Cimg1730

南面する前方後円墳。全長109m、後円部径60メートル、前方部幅73メートル、高さ10メートル。
中世に砦として利用され、墳丘は変形している。
5世紀末~6世紀初頭の築造で、大塚山古墳群で最後に造られた古墳。


川合丸山古墳
Cimg1731
直径48mの大型円墳。
5世紀後半の築造。


高山1~4号墳

中良塚(なからづか、高山塚1号)古墳
Cimg1732説明板
Cimg1733

前方部を北に向けた前方後円墳。
全長88m、後円部直径48m、後円部高6.5m、前方部幅50m、前方部高6.5m。
5世紀後半の築造と推定。
「中良塚」は「穴闇(なぐら)塚」の転訛と考えられる。

高山2号墳
Cimg1737説明板
Cimg1734

高山2号墳は、直径約35mと推定される円墳。
道路を挟んで対面にある高山3号墳は、直径30mと推定される円墳。
やや離れたところにある高山4号墳は、直径20m以上の円墳と推定されるが、人家に囲まれ、原形を止めていない。


川合大塚山古墳
Cimg1740Cimg1741

前方部を南に向ける大型の前方後円墳。
全長197m、後円部径108m、前方部幅123m。
埋葬施設は縦穴式石室と考えられ、5世紀中頃から後半にかけての築造であると推定されている。
東南1kmに4世紀末の築造とされる島の山古墳があるが、川合大塚山古墳と島の山古墳の規模・築造企画は周濠も含めて非常に良く似ており、年代的には半世紀前後の開きがあるが、どちらも大和川を指向して築造されたと考えられる。

九僧塚古墳
北東側から
Cimg1742南東側から
Cimg1743
一辺約35mの方墳。
大塚山古墳とほぼ同時期に築造され、大塚山古墳副葬品埋納施設と考えられている。


長林寺跡
Cimg1745聖徳太子が創建された46伽藍の1つ。
現長林寺(江戸時代中期に建立)の境内に塔の心礎、盞鳴(すさのお)神社の境内に金堂の跡があり、寺域は東西1町、南北1町以上で、金堂の東側に塔をおく法起寺であった。
Cimg1751


大塚山古墳群、長林寺探訪の後、佐味田川から大和川沿いに王寺まで散策しました。

佐味田川と大和川の合流点の南東
フジ山
Cimg1760

フジ山全体が旧石器時代の遺跡。
東側の頂部でおよそ1万年前(後期旧石器時代)のナイフ形石器が採取。
フジ山の西側頂部に、直径40m・高さ4mの大型円墳フジ山古墳がある。
古墳時代前期~中期の築造と考えられている。

伝承として、フジ山周辺地域では、「法隆寺」が災難に見舞われたとき、この古墳を掘りだせば再興できるだけの価値のある金の瓦が3枚埋められていると伝えられていたそうです。

佐味田川と大和川の合流付近
左前方に信貴山
Cimg1758


すこし下流に、変った橋がありました。

大城橋
Cimg1761増水時は沈んでしまう潜水橋です。
木津川にある増水時に流れる流れ橋と異なり、頑丈なつくりです。
手すり無く、細い橋ですが、車も通る!

中央部の橋げた突起は、歩行者が車を避けるところだそうです
Cimg1764地元車は慣れたもの
Cimg1763

参照
これぞ日本の橋 > 大城橋 http://www.liooil.jp/bridge/oshiro/index.html


王寺駅まであと少し
大和川沿い 前方 信貴山
Cimg1766


ドア to ドア で、22千歩

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