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2013年1月 8日 (火)

1月8日 三輪~柳本 山辺の道

なら歩楽歩楽会シニア11名で、三輪から柳本まで山辺の道を万葉歌碑を辿りながら散策しました。

JR三輪駅~大神神社~狭井神社~大美和の辻~檜原神社~井寺池畔で昼食~黒塚古墳資料館~淳名城入姫神社~JR柳本駅


より大きな地図で 2013年1月8日 三輪~柳本 を表示

山辺の道沿いの卑弥呼庵で休憩予定していたのですが、卑弥呼庵は休みでした。
黒塚古墳から上津道を大和神社、JR長柄駅まで歩く計画でしたが、列車時刻の都合などから、淳名城入姫神社参拝後、JR柳本駅に戻りました。

大神神社
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巳の神杉
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万葉歌碑 狭井川北 額田王
Cimg2163うまざけ みわのやま・・・

桜井市ホームページの万葉歌碑マップに載っていない!?

桜井市HP http://www.city.sakurai.nara.jp >観光案内>万葉歌碑

万葉歌碑 僧都の滝 歌碑マップ13 高市皇子 やまぶきの・・・
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檜原神社
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豊鍬入姫宮
Cimg2169崇神天皇の御代、皇居内の同床に祀り継がれてきた天照皇大神の御神霊を豊鍬入姫命に託し、倭笠縫邑に遷し祀られたが、当地・檜原の岡が、その倭笠縫邑であるという。ただし、倭笠縫邑伝承地は他にも何箇所かある。
天照皇大神の御神霊は、その後各地を移動して最終的に、現在の伊勢神宮へ祀られたことにより、当社は、元伊勢とも呼ばれている。

二上山は霞んでいました
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井寺池畔
前方右 箸墓古墳  後方 二上山
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歌碑 古事記 日本武尊 やまとはくにのまほろば・・・
Cimg2175万葉歌碑を建立するに、川端康成は、万葉だけでなく記紀の歌も入れたらと発案、ご自分は古事記の日本武尊の歌「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる 大和しうるはし」を書くといわれたが、揮毫前に亡くなられたので、ノーベル賞受賞式での記念講演原稿「美しき日本の私」から、日本武尊の歌の文字を集めて建碑

万葉歌碑
天智天皇 かぐやまはうねびををしと・・・
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作者未詳 みもろはひとのもるやま・・・
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箸中車谷
高市皇子 みわやまの やまべまそゆふ・・・
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柿本人麿 まきむくの やまべとよみて・・・
Cimg2189あなしがわ かわなみたちぬ・・・
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穴師 景行天皇陵東
額田王 うま酒三輪の山青丹よし・・・
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淳名城入姫神社
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崇神天皇の御代、天照皇大神と大和大国魂神は宮中に祀られていた。天皇5年国内に疫病多く、この二神が同床にあるのは畏れ多いとし、天照皇大神を笠縫村に遷し、大和大国魂神を皇女淳名城入姫(ぬなきいりひめ)に祀らせたが、姫は髪落ち体痩せ、祭祀ができなくなったという。(日本書紀)
この頃の神々は子孫に祀られたかったようで、子孫が祭祀権を横取られたことを恨む祟り神となり、三輪の神にとってよそ者である崇神天皇皇女淳名城入姫は神に祟られたのでしょう。
天照皇大神の御神霊を遷し祀られた豊鍬入姫命の宮(檜原神社内)に比べ、貧相な宮です。

大和大国魂神は、崇神天皇7年、倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)が夢で「市磯長尾市(いちしのながおち)をもって、倭大国魂神を祭る主とすれば、必ず天下太平となる」との神託を受け、大倭直の祖・市磯長尾市を祭主として、神地が定められ鎮座、大和神社が創建されたと伝わる。

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