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2013年6月 1日 (土)

6月1日 山科小野 隋心院 勧修寺 大善寺

大和路散策の会で、山科小野の隋心院、勧修寺(かじゅうじ)、坂上田村麻呂墓を巡り、椥辻(なぎつじ)駅から地下鉄で六地蔵駅に移動し、大善寺を訪ねました。

隋心院
Cimg3576梅花の名所です
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つつじ(さつき?)は終わりちかく
Cimg3593秋の紅葉はすばらしそう
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小野小町ゆかりの寺です
Cimg3581本堂裏手に文塚
深草少将をはじめ貴公子たちから小町に寄せられた千束の文を埋めたところとのこと
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勧修寺(かじゅうじ)
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書院前庭
Cimg3612水戸光圀公寄進の燈籠
この燈籠を覆うように生えている植樹は、ヒノキ科ハイビャクシンで、推定樹齢750年の名木

庭園 西岸から東方を写す
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庭園 北岸から南方を写す
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スイレンで有名です
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おおきなコイや錦鯉が泳いでいました   
Cimg3620花ショウブも花盛りでした
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池の中島は、白ザギの休息場だそうです
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坂上田村麻呂墓まで散策しました。

坂上田村麻呂墓
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椥辻(なぎつじ)駅から地下鉄で六地蔵駅に移動し、六地蔵の大善寺を訪ねました。

大善寺
Cimg3630六角地蔵堂
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以下、「京の六地蔵巡り」 http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/rokujizou-meguri.htm より引用

「平安時代の初め小野篁(おのたかむら)が一度息絶え冥土へ行き、そこで生身の地蔵菩薩を拝して甦った後に、木幡山(こばたやま)の一本の桜の大木から六体の地蔵尊像を刻み、木幡の里(大善寺)に祀った。
平安後期、都では疫病が流行していた。
後白河天皇はこの地蔵尊像を深く信仰され皇位長久、王城守護を祈願。また、都を往来する旅人たちの路上安全・健康、さらに広く庶民に疫病退散、福徳招来をも願われて、保元2年(1157)都の出入り口に祀るよう平清盛に勅命。
清盛は西光法師に命じ、街道の入口に六角堂を建て、一体づつ分置し「廻り地蔵」と名付けた。
これにより庶民に地蔵信仰が広まり、六地蔵巡りの風習 が室町時代に始まったとされている。
(なお、当初は木幡の里、四ノ宮河原、鳥羽の作り道、西七条 、蓮台野、深泥ヶ池、西坂本の7街道に地蔵尊像を安置したとされ、現在の六地蔵の大善寺、四ノ宮の徳林庵、上鳥羽の浄禅寺、桂の地蔵寺、常盤の源光寺、鞍馬口の上善寺となったのは、江戸時代初期の寛文5年(1665)頃とか)」

「京都では、夏も終わりに近づいた8月22日、23日の両日、都の出入り口(街道沿い)六ヶ所に祀られた地蔵菩薩を巡拝 して、罰障消滅、家内安全、無病息災、家運繁栄を祈願する「六地蔵巡り」がある。 これは、800年もの京の伝統行事。」

「地蔵巡りは、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)に迷い苦しむ全ての人々を救済するように願って祀られた六体の地蔵菩薩を巡拝すること。六ヶ所の地蔵寺を巡り、それぞれのお寺でいただく(買い求める)幡をお守りとして玄関先に吊るすことで、疫病退散、福徳招来などのご利益があるとされ、家運繁栄など祈願 し参拝する。また、新しい精霊の初盆には水塔婆供養を3年間すれば 、その新しい仏様は六道の苦から免れるとされている。」

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