カテゴリー「祭り」の15件の記事

2014年12月17日 (水)

12月17日 おんまつりパレード

下ツ道散策会予定だったが、寒波到来強風予報のため、中止となったので、
天候に関係なく開催される春日若宮のおんまつりお渡り式見物に出かけました。

12時、県庁前広場からパレードスタートです。
第6番 馬長児(ちょうのちご) 
12:16(デジカメ設定の時刻です、以下同様)
Cimg8665
第2番  神子(みこ) 12:05
巫女さんは白の被衣(かずき)が強風で飛ばされないよう必死でおさえていました
Cimg8658

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2012年2月11日 (土)

2月11日 小泉神社 お田植祭

一昨年は江包・大西のお綱まつり、昨年は広瀬神社の砂かけ祭りを観に行きました。
今年の2月11日は、小泉神社のお田植祭です。
近鉄平端駅から歩き始め、筒井、JR小泉駅を経て、
12時半ごろ小泉神社に着きました。
Dscn8609

祭の準備中でした。
Dscn8613

Dscn8616

周辺を散策して13時前に戻ってくると、地元の方が三々五々と集まってきます。

13時からお田植祭です。
宮司の祝詞や玉ぐし奉納などの退屈な神事の後、お田植え儀式が始まります。
畦の草刈りから始まって、畦作り、田起し、田均し、籾撒き、田植えなど一連の田植え作業を行います。
雨の象徴として砂を掛けるのも、他の多くの御田祭と同様です。
ここでは参拝者がウシに砂をかけます。
早乙女の田植えが終わると、他の多くの御田祭と同様に、苗に見立てた松の枝を参拝者が競って採ります。

最後に拝殿から神官・巫女役がみかんと餅を参拝者に投げて、行事の終了です。

近鉄郡山駅まで歩き、帰りました。


ブログ過去記事
一昨年 江包・大西のお綱まつり

昨年 広瀬神社の砂かけ祭り


(続き 写真)
カメラの故障からか? 写真がうまく取れていないweep

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2011年6月23日 (木)

6月23日 率川~杉山古墳~大安寺笹酒まつり

なら歩楽歩楽会シニア8名で、近鉄奈良駅から率川を辿り、大安寺杉山古墳、墓山古墳、野神古墳を探訪、夏まつりの大安寺で笹酒を貰い、奈良市埋蔵文化財センターまで散策しました。
西大寺まで散策する当初計画でしたが、強烈な日射と暑さのため、埋蔵文化財調査センターで散策打ち切り、埋蔵文化財調査センター前からバスで新大宮に戻りました。

ルートラボ 当初計画コース

率川 嶋嘉橋下の地蔵さんたち
Dscn6825嶋嘉橋
明和七年(1770)嶋屋嘉兵衛が私財を投じて架設、嶋屋嘉兵衛の名を取り「嶋嘉橋」と名付けられた
橋桁に銘がある

率川暗渠上を辿る
絵屋橋跡
解説板によると、暗渠化は平成4年 つい最近まで川が流れていたんだ!
Dscn6828率川橋跡 「ここは前に来たことがあるね
Dscn6829率川神社に立ち寄り
率川暗渠上をJR奈良駅近くまで辿る
柳橋跡
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11:15 大安寺杉山古墳に到着
Dscn6836解説板
Dscn6838

杉山古墳前方頂上で少し早めの昼食をとり、昼食後、近くの墓山古墳及び野神古墳を探訪しました。

この墓地が大安寺墓山古墳らしい
Dscn6848古墳といわれればそのように見えるが・・・
説明板は見当たらなかった


野神古墳
Dscn6851説明板
Dscn6854

夏まつりの大安寺に入山する前に、周辺の推古天皇社、御霊神社、八幡神社、大安寺塔跡を訪ねました。

大安寺西塔跡
Dscn6865大安寺東塔跡
Dscn6866

大安寺
Dscn6867笹酒を注いでもらう
Dscn6869嘶堂の馬頭観音、収蔵庫の不空羂索観音、楊柳観音などの仏像が公開されていたので、拝観。

日射が厳しいので埋蔵文化財センター前からバスで帰ることとし、2時半、大安寺を後にし、炎天下を埋蔵文化財調査センターまで歩き、杉山古墳出土品などの展示物を見学、折から作業中の学芸員から大安寺出土瓦などの解説を受けることが出来ました。
埋蔵文化財センター前から3:38バスで新大宮に戻り、近鉄で1駅、西大寺味楽座で反省会。

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2011年2月25日 (金)

2月25日 菅原天満宮 おんだ祭

2月25日は、菅原天満宮の おんだ祭 です。
神社前には、数軒ですが屋台も出て、祭りを盛り上げています。

菅原天満宮
Dscn6029白梅 筆塚
Dscn6031紅梅
Dscn6032

13時から拝殿で神事が行われます。
神社に着いたときは、神事が終わるところでした。
境内には、4隅をササで囲まれた神田が準備され、その周りを観客が取り囲んでいます。
14時から田植え行事の始まりです。

宮司、采女
Dscn6034田主、牛の入場です
Dscn6035宮司 祝詞
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田主登場
狂言のように口上を述べて、
Dscn6040鍬で田を耕します
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牛が登場です
Dscn6042犂(すき、り)を引いて駆け回ります
Dscn6048牛役は子どもです

続いて
馬鍬(うまぐわ)で代かきします
Dscn6051
Dscn6053

牛退場後、
田主は、口上を述べたり、観客と掛け合いしながら、
田を均して、
肥料を撒きます
Dscn6060観客に向けて
Dscn6058宮司や采女にも
Dscn6063
もちろん、肥料は撒く振りです。

籾まきです
Dscn6065観客に向けて
Dscn6068籾と小豆が頭上に飛んできます

やがて
雑草が生えてきて
草抜きです
Dscn6069黒子が笹葉を置いて回ります


狂言劇はここまでで、
宮司、田主、牛役、采女、来賓が、苗に見立てた松葉を観客に配って回り、儀式は終わです。


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2011年2月11日 (金)

2月11日 砂かけ祭り

昨夜から雪。

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午後から降り止む予報。
孫を連れ、広瀬神社の砂かけ祭りを見に行きました。
枝に積もった雪を揺り落としたり雪遊びしながら、JR平城山駅へ。
かろうじて予定の電車に間に合いました。
雪に覆われ一面真っ白な景色が車窓に広がります。
法隆寺駅から富雄川沿いに広瀬神社まで歩きました。
雪は小降りとなり、神社に着くころには、予報どおり、止みました。

拝殿では、太鼓が奉納されていました。

Dscn5846Dscn5851

14時20分過ぎから砂かけ行事が始まりました。

田主が神田周りに鋤を入れ、
Dscn5854一周した後、
Dscn5855砂かけの始まりです
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神田の外にも出てきて、砂を撒きあげます
Dscn5860

砂をかけ返したり、逃げ回ったり
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孫は、最前列で張り切っていたのですが、砂をまともにかけられ、憮然として「帰る」と言い出し、
祭りはまだまだ続くのですが、
早々に引き上げることになりました。

城山古墳、大塚山古墳を見ながら、池部駅に出て、帰りました。

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2010年9月27日 (月)

9月22日 采女祭

中秋の名月
猿沢の池の畔の采女神社の祭りです。
八木近辺を散策後、5時過ぎに近鉄奈良駅に着きました。
東向き商店街で祭りのパレードに出会いました。
「花扇祭」というんですね、初めて知りました。

パレード先頭
提灯に「うねめ神社 花扇祭」
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Dscn3641花扇
Dscn3642

福島県郡山市のミス采女
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三条通り 
前方右 采女神社
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夕闇せまる猿沢の池
17:40 池の周りは見物客でいっぱいです
Dscn365417:49 衣掛け柳
Dscn366117:59 右前方 興福寺五重の塔
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18:01 19時周航を待つ管絃船(鷁首)
Dscn3665管絃船(龍頭)
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19時、2隻の管絃船の周航です。

19:07
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19:16
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奈良時代に帝に仕えていた采女が、帝の寵愛が衰えたのを嘆いて猿沢池の池畔の柳に衣を掛け、入水したという伝承があり、その霊を慰める伝統行事。
管絃船周航を待つ間、郡山の采女伝説を紹介していた。
采女出身地郡山での伝承では、陸奥の国安積の里(現・郡山市)から召された采女春姫は、帝の蘢愛を受けていたが、仲秋の名月の日、別れさせられた許嫁次郎恋しさに猿沢の池畔の柳に衣をかけ、入水したように見せ、愛する次郎の待つ安積へ向かった。里へたどりついた春姫は、次郎の死を知り、雪の降る夜、あとを追って次郎と同じ山の井の清水に身を投じた。
郡山の采女伝承のほうが、もっともらしい。
→郡山うねめまつり > うねめ伝説 http://www.ko-cci.or.jp/event/maturi/uneme_densetu.html

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2010年4月 1日 (木)

4月1日 石見~大和神社 ちゃんちゃん祭り

4月1日、大和神社のちゃんちゃん祭りです。
石見駅から、下ッ道、中ッ道を横切って、大和神社にちゃんちゃん祭りを見に行きました。
前日、雨予報のため、「降水確率50%以上の場合は散策会中止」との連絡メール。
朝の予報は、午前中50%、午後80%。
しかし、Webで雨雲予報を見ると、石見~長柄あたりには、午後2時ごろまで雨雲がかからない予報なので、出かけることにしました。
参加者2名。
石見鏡作神社、石見遺跡、唐古・鍵遺跡、今里の浜跡、池坐神社/法貴寺を巡り、大和神社まで散策しました。


より大きな地図で 石見~長柄~大和神社 を表示

雲の合間から薄日の差す散策日和。
畦や草ぼうぼうの道跡も辿り、1時前に、大和神社に到着。
境内でパレード出発を待っていると、ポツリポツリと雨粒。
小雨の中をパレード出発。
本降りになりそうなので、パレードの横を通って、柳本駅に出て、帰ることにしました。
しかし、雨はほとんど降らなかったようでした。

写真は、ピカサウェブアルバムに掲載

→ピカサウェブアルバム
 石見~大和神社
→ピカサウェブアルバム
 ちゃんちゃん祭り

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2010年2月11日 (木)

江包・大西のお綱まつり

2月11日、江包・大西のお綱まつり見物に行きました。
(三輪駅~田原本駅散策記は別掲)

Dscn1258上流から流れてきた二人の神様を、江包は素戔嗚尊、大西は稲田姫を助け、二人が正月に結婚式をあげたことに由来する。
古くからの田遊び祭りの一種で、豊作を祈念する儀式。
旧暦正月に行われていたが、現在は祝日の2月11日に行われる。


素戔嗚神社に着いたときは、ちょうど、女綱が神社前に到着したところでした。
11:07
Dscn125411:08
Dscn1256「ひ~らいた、ひ~らいた」と囃したて、
女綱が開きました
11:38
Dscn1273

尻尾の綱を大木に引き上げ
Dscn1261橋に掛けていきます
Dscn1276綱掛橋です
Dscn1277

鳥居横の大木には
Dscn1278女綱が吊り上げられました
Dscn1282

一方、近くの田んぼでは、
男綱グループが泥相撲です   右後方:三輪山
Dscn1280


男綱グループの泥相撲
11:24
Dscn1267男綱は田んぼで休憩
Dscn1272

泥相撲(YouTube動画  34秒)


女綱の準備が整い、
仲人役が
Dscn1283何回か男綱を呼びにいきますが、男綱グループの泥相撲は続きます。

仲人の8回目の督促で、
男綱をようやく動き始めます。
12:12
Dscn128712:14
Dscn1289後方、三輪山
Dscn1290

三輪山をしかも隠すか 雲だにも情けあらなも隠そうべしや

12:15  この祭りも三輪山信仰に関連しているのでしょうか
Dscn1291

男綱が女綱に突進します(YouTube動画 1分26秒)

合体
12:23
Dscn1299男綱が吊り上げられ
Dscn130312:31
Dscn1306

男綱女綱が鳥居の前に吊るされました
Dscn1311


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2010年2月 3日 (水)

元興寺 節分会

2月3日 節分です。
元興寺の節分会を観に行きました。
ネットでスケジュールを見ると、
12時~ 法要
13時~ 柴燈大護摩供、火渡り秘供
15時~ 豆まき
とあります。

1時少し前に元興寺極楽院に着きました。
境内中央に、ヒノキの枝葉が積み重ねられた護摩壇、本堂前に、祭壇が設けられています。
その前で、棒術奉納が行われていました。
Dscn1137棒術奉納
Dscn1135

1時過ぎ、柴燈大護摩供が始まりました。
修験者が護摩壇の四方に矢を放ち、護摩壇の前で刀を振ります。
住職の柴燈大護摩供開始の挨拶と儀式の解説がなされました。
破魔矢で結界を築き、刀の光で魔物を追い払うのだそうです。
Dscn1140右に左に
Dscn1142「光」の字を描く

住職解説聞くまで
わからなかった


魔物、悪霊を追い払った後、点火です。
煙がもうもうと立ち上がり、境内を覆います。
10分ほどすると、炎が見えてきました。
炎の中に、護摩木が投げ入れられていきます。
小雪がぱらついてきました。
13:25
Dscn114413:35
Dscn114713:37
Dscn1148
13:38
Dscn114913:39
Dscn115313:48
Dscn1155

護摩木がすべて燃え尽きたところで、護摩壇を構築する枠木が解体され、まだ炎を上げている護摩木の燃え滓の上に並べられていきます。
小雪がぱらついています。
13:58
Dscn115614:04
Dscn115914:08
Dscn1160

まだ煙を上げている木の上をまず住職が「火渡り」します。
その後、お札を納めた一般参加者が「火渡り」します。

住職火渡り

(画像をクリックすると、PicasaWebAlbumのビデオ画像が開きます)

一般参加者火渡り

(画像をクリックすると、PicasaWebAlbumのビデオ画像が開きます)

3時から、豆まきです。
豆まきに先立って、せんとくんが幼稚園児に豆袋を配り、また、幼児連れの参加者や老人に豆袋を手渡します。
本堂横にこしらえられた舞台から、年男・年女、留学生たちによって豆(紙袋入りの炒りダイズ)がまかれます。
掛け声は、「福はうち~鬼もうち~」。
解説によると、福も鬼も自己の内から生ずるという法義をあらわすものだとのこと。
金峯山寺のように、鬼を折伏して内に迎えることではない。
節分会や豆まき行事にも、初めて聞くような知らないことが多々あり、奥深いものですね。
14:32
Dscn117015:08
Dscn1179


境内では、般若湯のふるまいもなされていました。
お布施箱に小銭を入れて、般若湯を頂きました。
若い女性の声「般若湯ってお酒だったの・・・」
般若湯が、お酒だということを知らない世代がいるようです。

豆まきに並行して、「火渡り」の後、本堂前には、境内片隅に積み上げられていた古札などが積み上げられ、とんど焼きです。

古札などが積み上げられ、再び点火
14:43
Dscn117415:12 
Dscn1180豆まき終わり
見物客は三々五々引き上げます

豆まきが終わり、人けの少なくなった元興寺極楽院を後にし、ならまちを散策、もうひとつの元興寺と旧元興寺本堂跡など旧元興寺跡を巡り、

もうひとつの元興寺
Dscn1182東塔跡
Dscn1185不動明王堂?
Dscn1186

元興寺小塔院跡
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Dscn1189

旧元興寺本堂跡(奈良町資料館)
Dscn1191

夕方からの節分会の準備がなされている興福寺東金堂前を横目に、奈良公園を引き上げました。

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2009年2月22日 (日)

鏡作神社 御田植祭

2月には各地の神社で御田植祭(おんださい)が行なわれます。
奈良県下では、飛鳥坐神社のおんだ祭廣瀬神社の砂かけ祭り六県神社の子出来おんだ祭がユニークで有名ですが、田原本町八尾の鏡作神社でもユニークな御田植祭が行なわれています。
2月11日に近い日曜日に行われることになっていますが、今年は2月22日でした。
鏡作神社の御田植祭は、10時頃から神前に山の幸・海の幸と松苗を献じ祈念祭が行われ、午後1時頃から「御田植舞」「豊年舞」の奉納と牛使いの神事が行われます。

Rimg8157w800

写真掲載については、従来から、Yahoo Photo をときどき利用してきましたが、現在、Google のいろいろなサービスの利用を検討中です。
続きに掲載の写真と同じ写真を、比較検討のため、Yahoo Photo に掲載すると共に、Google Picasa Web アルバム に掲載しました。

Yahoo Photo 鏡作神社 御田植祭

Google Picasa Web アルバム  鏡作神社御田植祭

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